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zoom RSS 初めてライトアップされた織田信長ゆかりの寺 妙覚寺へ

<<   作成日時 : 2016/11/26 06:00   >>

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11月22日(火)は、会社の帰りにライトアップされてる寺院に行きました。18日(金)もそうでしたが、休みの前は無理してでも紅葉のライトアップに行きたくなります

この日訪れたのは、織田信長が上洛した時の定宿だった妙覚寺です。どうしても本能寺が有名ですが、信長の利用頻度としては、この妙覚寺の方が多かったんです。ですから“妙覚寺の変”だった可能性もあった訳ですね

京都駅から地下鉄烏丸線に乗り「鞍馬口」で降ります。この駅は上御霊神社で、何度が利用したので覚えてました。駅から烏丸通りを少し下がって、上御霊通りを西に進むと突き当たりに生谷家住宅がありましたが、昨年行ったのに名前を中々思い出せなくて・・・今・・・分かりました

上御霊通りを西に進むこと約10分、ようやく妙覚寺大門が見えてきました。

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この大門は、豊臣秀吉が1590年(天正18年)に建設した聚楽第の裏門を1663年(寛文2年)に移建したもので、数少ない聚楽第の遺構となっています。

ここには初めて来たので、所に拝観受付があるのか知りません。とりあえず正面が本堂のようですが、先が真っ暗。山門を入って左手に灯りが付いているので、近づくと・・・。

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庫裏が明るいので、よくよく見ると小さな看板が出てました。これじゃ遠目からは見えないでしょう。そこには「特別拝観 法姿園ライトアップ」と書いてあって安心して入れます。

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入って左手に受付があって、そこで拝観料500円と朱印代500円を納めました。僧侶の方から拝観順路の説明を受けて靴を脱いで行こうとすると、由緒書きを貰ってないことに気が付き・・・控えして伺うと・・・。

そしたらカラー版の綺麗な由緒書きをいただきました。「何処かでライトアップの事、知られたんですか」と聞かれたので「京都観光案内のHPで知りました」と返答。そのあと織田信長の話もしました。織田信長が上洛時に常宿としての利用頻度は、妙覚寺が25回ぐらいで、本能寺は5回程度だったようです。たまたま本能寺に泊まっている時、明智光秀に襲われたということです。歴史って知れば知るほど面白いです

先ずは本堂に行きお参りです。えっここが本堂なのそしたら先程の建物はと思ってしまいました。答えは、後程・・・分かります。

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日蓮宗の寺院で、三具足山の1つ(他は、妙顕寺立本寺)で本尊は十界大曼荼羅だそうです。堂内は空いてました、ざっと5名ぐらいでしょうか・・・。

それでは紅葉です。本堂前ににある「法姿園(ほうしえん)」と呼ばれる庭園にモミジが植わっています。

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受付の和尚さんの話では「昨日の雨と風で綺麗だった紅葉も落ちてしまいした」と。少々、残念結果でしたが、仕方ないですよね。

等持院や妙心寺塔頭の各寺院の紅葉は素晴らしいものでした。それに比べたら・・・見劣りしました。しかし、ここの紅葉は、こんなもんじゃないです。また来年の楽しみに取っておきます

次ぎに本堂の右奥にに進みます。その外には華芳塔堂(かほうとうどう)があり、開扉されライトアップされていました。

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普段は扉が閉まっているそうですね、この時期に来て良かったてす。肉眼でもハッキリ分かりますが、この華芳塔堂の内部には石塔を納める多宝塔(華芳宝塔)があって、その中に石塔(華芳塔)(京都府有形文化財)が納められています。

織田信長が比叡山を焼き討ちした時も、信者が石塔を持ち帰って、後に妙覚寺に納められたそうで、その焼き討ちのあとが分かるそうです。

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再び堂内に目をやると「斎藤道三遺言状」なるものがありました。1556年(弘治2年)4月19日に我が子の、妙覚寺199世となっていた日饒(にちじょう)上人や日覚上人に宛てた手紙です。この日付の翌日に我が子、義龍と一戦を交え最後を遂げました。

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玄関から本堂の途中にある中庭です。ここは松の切れ込みが綺麗でしたし、紅葉もありました。ただガラス戸のためフラッシュが反射して撮るのが難しかったです。

再び玄関に戻って朱印帳を受け取りここを出ました。前途したとおり少し残念な状態でしたが、ここには昼間に来たいですね。何より空いているのが良いです

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玄関を出て左手に唐門があったんですが、暗かったので気が付かなかったです。手前の松を撮って・・・奥に唐門があったのを帰ってから知りました。

そして、ここに来て本堂と間違えた建物・・・答えは祖師堂でした。

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ここには入れませんが、日蓮、日朗、日像像が祀られてるそうです。本堂に比べて随分大きな建物ですし、妙覚寺にとっては重要な建物なんでしょう。

1582年(天正10年)6月2日の前夜、本能寺で茶会が開かれ織田信長の嫡男・信忠は妙覚寺に宿泊してました。当時、妙覚寺は室町西二条押小路衣棚にあり、宿泊していた信忠は本能寺の異変に気付き、二条御所に手勢を集めて立てこもりますが、あえなく自刀します。妙覚寺は、兵火を逃れましたが、豊臣秀吉の洛中整理令により、現在地への移転を命じられ、現在に至りました。

妙覚寺から今度は、上御霊通りを西に進みます。そしたら直ぐに水火天満宮があって社務所に電気が付いてました。ここは朱印を貰ってなかったから、また来ます。そして堀川通りに出ましたが、ここからタクシーで移動する予定でした。しかし・・・空車が来い・・・仕方ないので今出川通りまで歩いて、そこからタクシーに乗り北野天満宮に向かいました。

【妙覚寺 法姿園】
 

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