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<<   作成日時 : 2017/05/31 03:00   >>

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5月2日(火)は、明日から5連休というこど、夜間ライトアップに行くことにしました。この時期、ライトアップは二箇所あって、西本願寺無鄰菴でした。西本願寺は概ね5月末までやっていますが、無鄰菴はGW期間中だけです。家から夜に出掛けるのは億劫で、それなら仕事終わりにと言うことで、連休前に行くことにしたんです。

この時期、19時を回らないと暗くなりません。それならと先に食事をしてからと思い、京都駅から地下鉄烏丸線で「御池駅」で下車。蕎麦の老舗に向かいましたが、あえなく満席。なんでやねんと、ぼやくいても仕方ないので駅近くの“すき家”で牛丼並を食べ、済ませました。(途中下車のため交通費が高く付きました

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地下鉄東西線「蹴上駅」から歩いて、無鄰菴の入口までやって来ました。この時、18時50分のため薄暮と言ったところです。

無鄰菴はも2016年(平成28年)の春までは、京都市が管理していました。その春から無鄰菴は指定管理者制度により植彌加藤造園の運営となり、いろんなイベントを計画されるようになりました。この「新緑ライトアップ」も、その一つと言えるかも知れません。

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入口の表門を入ると、係の方より母屋に行くように指示されます。母屋に入って所に受付があって、拝観料600円を払います。それにしても予想外に人が多いです

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母屋に入ると「19時から案内が始まります」と係の方に教えてもらいました。広間で前途した管理会社の人から無鄰庵のガイドをされるようですが、前方は人で埋まっています。

それなら先に庭に降りて写真撮影を。と思っても案内が終わらないと降りられません。ここには2階もあって別途400円が必要ですが、先に2階に行くことにしました。

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2階に上がると受付があって、そこで400円を払うと・・・おまけ(缶バッチ)貰いました。ただ予想外に狭いですね、それに2階からの眺望・・・手前のモミジが邪魔で・・・そんなに見えない・・・です。

そしたら1階の広間で、案内が始まりました。2階の受付の人に「再び上がってきても大丈夫」を確認し、下に降りると、広間は多くの人で埋まってて・・・一番後の廊下の境目しか空いてないほど・・・盛況で・・・

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事前に調べて、19時からと20時から案内があることしは知ってました。ただこんなに多くの人が聞いてるとは・・・

そのため、隣の部屋は誰も居ません。案内の人の声は聞こえてきますので、誰も居ない(案内中は誰も降りられない)庭園の写真を撮らさせて貰いました。私は廊下で話を聞いてて、案内は約20分。次ぎに社長さんが挨拶されたので、ここで席をたって素早く2階に戻ると・・・。

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外はすっかり陽がくれて暗闇にライトに照らされた庭が綺麗です。せっかく特別料金を払ったんだし、下から上がってこられる前に撮りまくりです

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暫くすると怒濤の如く、2階に上がってこられたので、前途した通り狭いので人で一杯。眺望も見えなくなったので、代わりに下に降りました。

2階に上がってこられたと言うことは、皆さん一斉に庭にも降りられたので、私も庭に降りることにしました。階段を降りる前に下を覗くと坪庭が見えていました。

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その箱庭を下から見たらこんな感じです。玄関を入って、この坪庭越しに庭園が見えているです、受付の人もお勧めですと言われてましたが、如何せん人が多すぎです

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無鄰庵には久し振りに来ました。2011年10月以来、6年振りの訪問がライトアップでした。もう一度、暗くなかった庭園を撮影して、いよいよ庭に降ります。

山縣有朋は、故郷の山口県吉田に築いた「無鄰菴」が最初で、総理大臣を辞した1891年(明治24年)に木屋町二条に旧角倉別邸に営んだ「無鄰菴」(現在のがんこ二条高瀬川店)。そして自ら指示した作庭した南禅寺畔の「無鄰菴」がこの日訪れた庭園です。他に東京目白に「椿山荘」、大磯に「小淘庵 ( おゆるぎあん ) 」、小田原に「古稀庵」、最後に東京に「新椿山荘」を作庭した多趣味の人でもありました。

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園内には琵琶湖疎水から引いた水が潺となってゆっくり巡っています。昼間なら東山を望めるでしょうけどね、下の写真は、山縣有朋自身が醍醐の山から切り出した大石がライトに照らされていました。

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「7代目・小川治兵衛の最高傑作」と以前書きましたが、今でもそう思っています。治兵衛らしく、庭園には小川が流れている池泉回遊式庭園となっていますが、夜のために庭園の一番奥にある三段の滝には行けなくなっていました。

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暗闇に突然現れた「石碑」です。山縣有朋の言葉が綴られた・・・と案内には書かれたましたが、暗いので何も見えません

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その先にの「茶室」は、母屋の2階から見えていました。藪内流「燕庵」を模して造られたと言われる茶室の内部を垣間見ることができました。

無鄰菴は、1894年(明治27年)〜1896年(明治29年)に明治・大正の元老山縣有朋が京都に造営した別荘で、1941年(昭和16年)に山縣家から京都市に譲渡され、1951年(昭和26年)に国の名勝に指定されました。庭園は、山縣有朋の指示の元、7代目・小川治兵衛によって作庭され、東山を主山に明るく開放的な芝生空間が特徴です。園内には琵琶湖疎水から水を引いた小川が流れ、奥の「三段の滝」からゆっくり園内をめぐります。

最後に、1898年(明治31年)に建立された、煉瓦造り2階建ての洋館に入ります。驚いたことに入口には靴が一杯スリッパも足らないほど・・・私らの分はありましたけど

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この洋館も2011年10月には入っています。今回は、この洋館が最後になるようなルートで、再び庭に出ることは出来ません。人が多いのと暗いので、一方通行でしたね、もう一度庭に出たかったけど・・・。

1903年(明治36年)4月21日、無鄰菴の洋館2階で、元老山縣有朋、立憲政友会総裁の伊藤博文、 総理大臣の桂太郎、外務大臣の小村寿太郎の4人によって、日露戦争直前の我が国の外交方針を決める「無鄰菴会議」が開かれました。その当時のままの姿が残しています。

無鄰菴を19時40分頃に出ました。その時間でも多くの人が来られます。今日は無理しても明日から連休が続くので皆さん考える事は同じだったんでしょうか。前も少し書きましたが、月末から月締めにかけて仕事が忙しくて・・・やっとこの日、一息付けた所で、本当はゆっくりしたかっんだすけど、来て良かったです。今度は久し振りに、日中に行ってみようと思いつつ、20時40分には家に帰れました。明日から連休・・・近場ですが、何カ所か回る予定です

【無鄰菴 母屋】

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