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zoom RSS 「山科一宮」と称された山科神社へ

<<   作成日時 : 2017/07/05 02:00   >>

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岩屋寺から南に下がると突き当たりです。そこから西に向いて急な、相当きつい急な坂を上がっていくと、山科の産神を祀った山科神社があります。

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突き当たりに帰りに分かったことですが社務所があって、東に向いて大きな石造鳥居があって「山科神社」の扁額が架かっています。その鳥居の前を前を悠々と猫が歩いていますが、近づくと逃げられました

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ここから前途しましたが、急な坂と石段を登ります。体を前傾にしないと上がれないような・・・大変きつかったです。

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汗だくになって登り切ると、拝殿がありました。会社ではエレベーターに乗らず階段を利用しているので苦も無く上がれました

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境内の右手には手水舎があって、ここでは常に綺麗な水が流れているように思えました。(山水でしょうか

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本殿は東向きに数段高い所にあります。石段下には駒札があって、山科神社の歴史や本殿についての解説が書いてありました。

897年(寛平9年)に第59代宇多(うだ)天皇の勅命により京都市山科区の岩ケ谷山の山腹に創建されたのが始まり。当地の豪族・宮道(みやじ)氏の祖神(そしん)であり、山科一宮とも呼ばれ、この地の総産士神(そううぶすなずみ)として人々の崇敬を受けました。社殿の規模は大きかったと言われ兵火によって本殿・拝殿・神庫などが残り現在に至っています。

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本殿は、室町時代後期の建立と考えられ、三間社流造となっており、御祭神は日本武尊とその皇子・稚武王(わかたけひこのみこと)です。

先程訪れた大石神社に比べて、遙かに歴史があり、ここまで来て良かったです。本殿にお参りして右手を見れば社殿があったので見てみると・・・。

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右から夷社山王社稲荷社が相殿、竃神社春日社天満宮社辨財天社愛宕神社が一つの大きな屋根に覆われています。

今度は右手に移動します。大石内蔵助良男が山科に隠棲した時に、山科神社の奥の院「岩屋神社」に大願成就を祈ったと書いてありましたが、どこでしょうか

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調べたら、岩屋神社は、ここから3q先の東の方向にありりましたが・・・取りあえず、ここから先は行けそうにもありせんでした。あと護国社(上)と、権殿(下)もありました。

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本殿から下を見ると拝殿が見えています。ここに来て最初にお一人が参拝されてて、私が下に降りる時に上がって来られました。

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境内は空いてますが、社務所を探したました。ひょっとしたら朱印あるかなぁ・・・と。しかし、人が在中している気配は無かったので、降りることにしました。

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こんどは急な階段や坂を下ります。そしたら降りきった先の右手に社務所がありました。ただ呼鈴を押す勇気は無かったです・・・朝も早かったし・・・何より人が居るようには思えなかったです。

ここから再びね大石神社に戻ったら社務所が開いてて、御朱印をいただけました。その時に、あの「花子ちゃん」も見つけたんです。ここは車では便利ですが、公共機関を使うと不便な所でやっと行けました。これで前途のとおり帰路に着きましたが、本当は醍醐まで足を運ぼうかなぁ・・・と思っていたので、予定より早かったです

【山科神社 本殿】



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