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zoom RSS 命婦稲荷社内にある「鉄輪の井戸」へ

<<   作成日時 : 2017/11/11 03:00   >>

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長香寺の前が高倉通りですが、北に上がり松原通に出ます。そして東に歩いて行き、一筋目を南に下がるとこと東に入ります。そして約3分で「鉄輪の井戸(かなわのいど)」、別名「縁切井戸」と呼ばれる奇妙な井戸の前に着きました。

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ここは事前に調べないと分からないでしょうね。私も、地図で調べても、何処から入れば良いのか分かりませんでした。

ところがです、8月9日(水)NHKBSプレミアム『京都異界中継』で、ここが生中継されたので、入口が分かった次第です。

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雨が降り続いていていますが、この路地では傘もさせないほど、狭いです・・・が、奥へ奥へ進みます。

奥に進めば、命婦稲荷社の鳥居があって、扁額には「命婦稲荷社」と書かれています。ここでは濡れるのを覚悟で、傘を閉じて写真を撮りました。


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写真にも雨脚が写るほど、ここに来て強く降り続いています。予報では、そろそろやんでも不思議では無かったんですけど・・・天気予報が外れる・・・そんな気がしてきました

主祭神は正一位命婦稲荷大明神で、1668年(寛文8年)に伏見の稲荷本宮に勧請してお祀りしたのが始まりだと伝わります。御鎮座以来、鍛冶屋町の守護神として又家庭円満、商売繁昌を加護される神様として崇敬され、町民により大切に守られてきました。

雨が強いので、写真は撮りにくいけど仕方ないです。それより、奇妙な井戸のことが気になります。テレビでは紹介されましたが・・・。

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ここの井戸の水を汲み、縁を切りしたい人に飲ませれば、たちまち縁が切れる・・・と、言われています。嘘か誠か、それは分かりませんが・・・。なお、“由緒書き”は・・・空でした・・・残念・・・。

「鉄輪の井戸」は伝説によると、或る女が自分を捨てた亭主を祈り殺そうと、貴船へ丑の刻詣りをしましたが満願を前に志を遂げず、この辺りで亡くなりました。それを葬ったのが「鉄輪塚」で、そして身投げをしたのが、この井戸だといわれています。

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この井戸の横に、小さな祠があります。それが「鉄輪社」で、手前には、手水鉢も容易されてました。ただ命婦稲荷社のかも知れませんが・・・

1877年(明治10年)に府令により命婦稲荷は閉鎖され、忘れれ去らましたが、1935年(昭和10年)にご神体が町内の蔵から出現し、町民の熱意により、現在地に再建れました。その工事で発掘された「鉄輪」の碑をご神体としてお祀りしたのが鉄輪社です。

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最後に鳥居の全景を撮りたいと思いましたが、この雨では、これ以上は無理でした。それにしても、こんな狭い所で、生中継されたかと思うとスタッフの方の苦労が分かります。

ここには9時55分に来て、9時57分には出て行きました。こから本塩竈町で、午前中のみ公開される寺院が集中していますが、雨も降り続いているので断念し、車に戻りました。9時35分に入庫、10時3分に清算すると400円でした。やっぱり市内は高いですね、そう思いながら次へと向かいました。

【鉄輪の井戸】

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