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zoom RSS 第52回 京の冬の旅 非公開文化財特別公開 日蓮宗 本山 妙覺寺へ

<<   作成日時 : 2018/02/10 03:00   >>

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1月20日(土)は、第52回 京の冬の旅 非公開文化財特別公開 日蓮宗 本山 妙覺寺に行きました。

この妙覺寺には、2016年(平成28年)2017年(平成29年)の紅葉ライトアップには来てますが、昼間に来たことがなかったので、今回来て見ました。

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地下鉄烏丸線「鞍馬口駅」から歩いて約10分で大門前に9時50分に着きました。前途したとおり、夜間ライトアップに来てるので迷うことはありません

昼間に来て事が無かったので、境内は新鮮な感じがして、これから拝観開始の10持まで散策することにしました。

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大門から真っ直ぐに進むと、日蓮宗では最も重要な建物である祖師堂があります。ライトアップでは内部には入れませんが、今日は入れそうだと聞いてるので楽しみの一つです

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境内の東側にある石碑です。これは1536年(天文5年)の「天文法華の乱」(てんもんほっけのらん)・・・延暦寺の衆徒が京都法華宗徒を武力で洛外へ追放した事件の「殉教碑」がひっそりと立っています。

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また、こちはら西側にある唐門で、その前に絵師「狩野元信之墓」の石標が立っています。他、案内には「永徳の墓」も境内墓地にはあるそうです。

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その唐門の奥が本堂ですが、その本堂と祖師堂をつなぐ、渡り廊下が見えています。見た所、まだ新しそうで、最近建てられたのかも・・・です。

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拝観受付はライトアップと同じく庫裏の中でしょう。その前には10名弱が列を作られてて、10時少し前から受付が始まりました。

拝観受付で、拝観料600円を払い中に入りますが、既に案内が始まっています。ここでは学生さんがガイドをされてましたが、「少し早いやろ」と。そしてライトアップでは貰えた“由緒書き”も貰えなかったです。

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靴を脱いで上がって話を聞きましたが、早い話・・・庭園以外は撮影禁止で・・・そのため、自由に写真を撮れたライトアップとごちゃ混ぜです

庫裏を上がって、次ぎに案内されたのは“車寄せ”の部屋です。ここからは「大黒天」が見えるんですけど・・・。

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写真は帰りに撮ったもので、話の内容は・・・まったく入って来なかったです。帰りは座って、ここのビデオを少し観賞させて貰いました。ライトアップでも暗くて見えなかった“大黒天”も見られました

次ぎに本堂に案内されます。何を紹介されるのかと思ったら「斎藤道三遺言状」でした。ライトアップと同じ物がそこにはありました。

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1556年(弘治2年)4月19日に我が子の、妙覚寺19世となっていた日饒(にちじょう)上人や日覚上人に宛てた手紙です。この日付の翌日に我が子、義龍と一戦を交え最後を遂げました。

斎藤道三は、幼少期に妙覺寺で修行されてた経歴を持ち、後に美濃国を平定し下克上大名として有名です。。その娘が織田信長の正室である濃姫で、信長は京へ20数回の上洛のうち、18回は妙覺寺に宿泊していて、る本能寺には3回しか宿泊していません。その3回目に“本能寺の変”が起こった訳です。その“本能寺の変”では嫡男の織田信忠が宿泊していて、異変を聞きつけた信忠は二条御所に立て籠もり自刀しました。

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次ぎに堂内の中央での案内です。中央には刮目大顔面図真祈(しんき)」塩澤文男作。幅12b。中央にお釈迦様。周りに仏教を守る神・四天王を描き、仏壇に祀られている仏様の世界観を表しているとか。ライトアップと同じですね。

日蓮宗の本尊は、“何妙法蓮華経”と書かれた題目が掲げられた「十界大曼荼羅」です。また四隅には四天王を配置。中央の厨子の中には日蓮宗を開かれた日蓮大聖人の像が安置されてます。

次ぎに後を振り返るように案内され、庭園を観賞します。冬枯れの庭園・・・秋の紅葉を見ているので、やっぱり見劣りは否めない・・・です。

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法姿園(ほうしえん)」と呼ばれる庭園で、日蓮宗では庭園に関して決まった嵌まりは無いそうで、杉苔とカエデが植わったシンプルな姿をしています。日蓮宗の教えてある、“あるがままが美しい”を表した自然庭園です。

次ぎに本堂の右手・・・北側に移動するように案内されます。何度も言ってますが、ライトアップで見ているので、次の案内は、察しが付きます多宝塔(華芳宝塔)の案内でしょう。

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この多宝塔は、中心にある石塔を納めるために華芳宝塔があって、それを守るために多宝塔が建てられています。華芳宝塔には観音扉になっていて、狩野派の絵師によって絵が描かれています。

ただ遠いですね、ライトアップと同じですが、昼間はライトに照らされてないので随分見にくいです。そこで下記にライトアップ時にズームして撮ったものを、その方がはっきり分かります

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日蓮聖人が自ら岩を砕いて造られたと言われる石塔(華芳塔)(京都府有形文化財)が納められており、その石塔には聖人が書き写したとされる法華経も納められています。

24歳で比叡山に入山し、10年間修行中するとともに自ら法華経を書きためていました。それを塔に納め比叡山の地中に埋め、日蓮宗を開くという願掛けを行いました。それが土の中から見つかったのは、織田信長による比叡山焼き討ちです。それを山本修理亮なるものが叡山で見つけ、後に妙覚寺に持ち込まれ納められました。

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次ぎに、祖師堂に渡り廊下を通って移動します。ライトアップでは行けないので、ここからは新鮮な気持ちで向かいます。

堂内は最初の案内で、撮影禁止のため写真はありません。ただライトアップ時に内部が照らされていたので、その写真でも

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祖師堂内部には、中央に日蓮大聖人、左に日朗聖人、右に日像聖人が祀られており、祖師とは日蓮聖人のことをいいます。日朗聖人が日蓮の弟子、日像聖人が孫弟子にあたります。

次ぎに堂内の東に移動し、「大涅槃図」の見学です。高さ5.9b、幅4.6bもあって狩野元信が手がけたと伝わっているものです。
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堂内のあちこちに、受付にて“クリアファイル”500円で販売と書いてあったので、帰りに買いました。本当はポストカードが良かったんですけど、でも重宝して使っています。

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“涅槃図”は表の看板にも使われています。あまりにも巨大なため全部掲げることは出来ないので、下の方は着いてました。

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祖師堂から再び渡り廊下を通って戻ります。その時にも“法姿園”を撮りました。この角度からは普段入れないので貴重な写真です

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ここには9時50分に着いて、10時から堂内に入り、再び大門から出た時は、10時30分になっていました。

日蓮宗京都十六本山の一つ。1378年(永和4年)に四条大宮に創建。1483年(文明15年)には室町幕府第9代将軍・足利義尚の命により二条衣棚に移転し、戦国時代は大規模な敷地をもっていました。(国宝「洛中洛外図屏風」にもその広大な建物が描かれています)織田信長や室町幕府第13代将軍・足利義輝、伊達政宗など様々な人物の宿所や千利休による茶会も開かれていたようです。1583年(天正11年)に豊臣秀吉の洛中整理命により現在地へ移転し現在に至っています。

これで“冬の旅”スタンプラリー3個溜まりました。この後は、その特典を受けに行きます

【日蓮宗 本山 妙覺寺 多宝塔(華芳宝塔)】

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