日本映画の父・マキノ省三と等持院の謎

等持院境内にあるマキノ省三像について


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衣笠山を背にひっそりと、かつての等持院撮影所を見下ろしているマキノ省三。1921年(大正10)マキノ省三が建設した、等持院撮影所が1933年(昭和88)まであったんですが、現在は住宅街になっています。 撮影所の面影は全くありません。


嵐電等持院駅から歩いて、5分ぐらいで山門に到着。

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普通は、山門入ったら直ぐに寺の境内になりますが・・・

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写真は、今年の10月のものですが山門を入って左には住宅街がひろがっています。

その山門から中門まで歩く

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山門から中門までの間にかつて、等持院撮影所があったようです。

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中門から山門を振り返りましたが、かつての等持院撮影所の規模がわかります。


等持院境内にあった等持院撮影所。日活を退社し、監督・プロデューサーとして牧野教育映画製作所を等持院境内に設立。やがて、それがマキノキネマ株式会社へと発展したんですね。現在誰もが楽しめる日本映画の草創期に活躍され、今日の発展に至ってるんですね。

なお、牧野家のお墓も等持院墓地にあるそうで、日本映画の聖地と言えるでしょう。




今週は、愛猫の病気による手術があったりして、仕事してても落ち着かない日々でした。我が家に来て12年、既に老猫になりましたが、やっぱり心配で・・・。次は10日後の抜糸まで、傷口を我慢してくれるのか・・・。

なお、今年の等持院の紅葉時に、拝観者は最高で約600人だったようで、今までの最高記録だったそうです。現在の住職の努力で相当増えたようです。そして天龍寺と等持院の庭は同じ造園業が手入れしており、日々の努力の結果で紅葉の色合いが他より綺麗だったと聞きました。

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