同志社大学クラーク記念舘へ

1893年(明治26)竣工の同志社大学クラーク記念舘を見て来ました。

同志社大学今出川キャンパスクラーク記念舘はあります。米国のB.W.クラーク夫妻が早世した息子によせる大きな愛情から、ご夫妻の寄付によって建てられました。

1979年(昭和54)には、重要文化財に指定。阪神大震災を契機に、2003年(平成15)~2007年(平成19)にかけて、大規模修復工事も実施され現在に至っています。

同志社大学今出川キャンパスの西門から入り、突き当たりにクラーク記念舘はあります。途中、数々の文化財建造物(重要文化財)があります。

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キャンパスの東側にあるため、午後から行きました(陽当たりのを考えて)。大学のキャンパスに入るのは初なんで、昨年、事前に見学の有無は尋ねました。「外観の見学はOKすが、中には入れないこと」「チャペル内の見学は1月26日までの平日で、12時30分~13時15分の昼休みにお越し下さい」と聞いてました。後者については、今日行くまで、すっかり忘れてました。

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3階建て煉瓦造りのクラーク館のシンボルである塔屋が右に見えています。

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建物の中央には、ヨーロッパ風のドーマー窓があります。1931年に取り除かれたものを復原された。

お昼時間でしたが、学生さんがひっきりなしに行き交います。学生さんを避けながらクラーク館の入口を見てみると。

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入口に近づくと、「クラーク・チャペル公開」とあり、先般電話で聞いたのは、このことだったんです。広報の方もクラーク・チャペルと言ってもらったら分かったんですが・・・。私は、てっきりチャペルとは礼拝堂のことだと思ってましたし、途中に礼拝堂も見て来ましたが、門が閉まって中に入れなかったから。時計を見るとまだ13時前だし、中も見せてもらいました。


正面のポーチをくぐって中に入ると、肖像画

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クラーク夫妻とご子息の肖像画でしょうか?

チャペルがある2階へ上がりますが、正面の欄間裏側には、金文字が掘られています。

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クラーク夫妻の早世したご子息の名前だそうです。

2階にあがって左の部屋がチャペルです。

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チャペル以外の部屋は、実際に事務室や教室で使用されているため、静かにすることと、立ち入りいらないこと書いてありました。


もともとは「講堂」と名づけられていましたが、先般の修復工事を契機に「クラーク・チャペル」と命名された。

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それでは入ってみます。

入ると正面に講演台、上には同志社徽章をくりぬいたシャンデリア

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ここでは講演や授業に使われていました。先般の修復工事の後は、本来の姿である礼拝堂の姿に戻された。


向かって左には、オルガン

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上を見ると、船底天井にも新たにワックスが塗られ、当時の輝きを取り戻している。


つづいて右側を見ると、東山連峰

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朝から天気はそんなに良く無かったけど、ちょうど同志社に着いた頃から天気が良くなって、中に入っると天気が良すぎて写真に撮って見たら何も写ってない・・・。

帰りにパンフレットをもらって帰りました。お昼休みだし、誰も入って来られませんでしたし、ゆっくり見られました。貰ったパンフレットに見所なんか書いてありましたので、相国寺や出町界隈に来ることがあればまた、再訪したいとおもっています。

クラーク記念館の設計は、ドイツ人のリヒャルト・ぜールが担当。(明治学院ミッション・スクールや教会の設計を手掛けた) 施工は、京都市上京区の棟梁・小嶋佐兵衛が。そして1894年1月30日に開館式が挙行された。


出てから、クラーク記念館の南面を見る。

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この時は、わからなかったけど、風見鶏が見えています。帰ってからパンフレットを見て知りました。

初めて、文化財建造物を見て来ましたが、今回で要領もわかったんで、次回はもう少しゆっくり見て廻ります。このクラーク記念館の他に、彰栄館・礼拝堂・ハリス理科学館・有終館・アーモスト館の外観を見て来ましたので、次回にアップします。

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