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zoom RSS 昼食は、正暦寺参籠所で精進料理を食す。

<<   作成日時 : 2014/03/15 04:45   >>

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本堂を出て、全員が揃うまで少し時間があったので、住職さんの話では、メインスタジアムを写真に収めました。(かつての境内は規模が大きく、この本堂あたりが正暦寺の中心だったようで、それを称してメインスタジアムと言われてました。)

最初は、階段を登ったところにある鐘楼です。

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1926年(大正15)に再建。ここは、何も説明がなかったので、これ以上は分かりません

ここには神社が建ってたと住職さんから聞きました。

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明治の神仏分離でなくなったと聞きました。

そして、ここが昔三重塔が建ってた場所です。

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先ほどの本堂内や福寿院客殿内で見せてもらった古地図にも載ってました。現在は石垣しか残ってませんが、再建されないでしょうか

こちらが反対側にあたります。ここが観音堂で、清水寺のような舞台があったと聞きました。

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話を聞いてたので舞台が、どのうよなのか見にきましたが、これ以上は進めません。

最後に、このあたりに灌頂堂があったと聞きました。

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ここでは密教の重要な儀式を行うお堂であったようです。

正暦時は創建200年後に平家の焼き討ちによって全山燃やされます。このような山深い山寺は、一旦火が付くと全山燃えてしまうそうです。平家は、南都最大の興福寺を焼き討ちします。そして、正暦時は興福寺の別所であったため、平家が取り囲んで焼き討ち、全山焼失となりました。

ここで全員が揃ったので、バスガイドさんを先頭に昼食会場まで歩いて行きます。昼食会場は、正暦寺参籠所でした。ここに来るまで何処でいただくのか考えてましたが、本堂ではなかったんですね。

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このツアーは徒歩が多いとは書いてありましたが、その通りですね。時間も12時50分で、お腹も空いてきました

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少しばかりの階段を登って、中に入りました。ここも南天の赤い実が綺麗でした。

入って全員が揃ったところで、次のバスの出発時間がバスガイドさんから発表されました。13時30分ということで、残り40分しかありません

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ここの参籠所の方より、今日の料理について食べながら説明がありました。春らしい食材を探したらしいけど、まだ早いので苦労されたようですね。菜の花や蕗の薹。素麺かぼちゃなんかありました。もちろん残さずに食べました。苦手な漬け物も・・・。最後に奈良県産の野菜をもっと知ってほしいとも言われてました。京野菜は聞きますが、奈良野菜は聞いたことがありませんね。

食事会場から駐車場まで戻る時間が余ったので、私は再び福寿院客殿によりました。

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南天の赤い実が美しく、山門とセットで撮りたかったらです。団体では自由行動は制限されるので、こうした自由時間はありがたいです。

客殿内で再び作務衣に着替えられた住職さんに、お会いしました。少しお話をして、忙しく出て行かれました。時計を見ると集合時間に近づいてきたので、急いで駐車場に向かいました。

その途中に『円照寺2q』と標識が出ています。

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このような細い山道を2qも歩いていくなんて・・・ガイドさんの話では、かなり険しい道のりだそうです。

少々住職さんの話が長かったか分かりませんが、食事時間が短かったような気がします。13時30分集合でしたが、半分以上の人は間に合いませんでした。バスは予定より少し遅れて出発しました。次の目的地は円照寺です。昔の人は山道を歩かれたんでしょうけど・・・バスは再び山里を下り円照寺に向かいます。つづく。

【正暦寺 参籠所】

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