洛陽三十三ヶ所 第18番札所 泉涌寺塔頭 善能寺へ

来迎院を出たら、向かいに洛陽三十三ヶ所 第18番札所 泉涌寺塔頭 善能寺があります。一度洛陽の朱印巡りで訪れてましたが、去る1月23日の泉涌寺朱印巡りで来迎院を訪れた時に、ここの前を通ったので思い出した次第です。

調べると2006年7月以来の訪問でした。10年振りに懐かしの山門をくぐります。

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ここは拝観料は無料ですし、どなたも在中されてませんので、朱印は泉涌寺の本坊でいただきます。(10年振りの訪問で、変わった所は無かったです。現在も誰もおられません。)

門を入ると正面に本堂が見えます。祥空殿と呼ばれ航空機事故のご遺族が建立寄贈されたものです。

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ここの右手には有名な作庭家が造った庭園がありますが、多分、この前庭もそうでしょうね。その作庭家の特徴が表れています。
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内陣中央には、ご本尊の聖観世音菩薩がお祀りされています。毎年、空の事故で亡くなった人々の慰霊祭が営まれています。

本堂祥空殿は、1971年(昭和46年)7月3日、北海道において遭難した「ばんだい号」のご遺族が時の藤田俊住職との法縁により、航空殉難舎の慰霊と航空機事故の絶無を祈願して建立寄贈されたものです。

「ばんだい号」・・・かすかに覚えてる程度です。山門前にあった木札によって知りました。それで次は庭園です。昭和を代表する作庭家・重森三玲によるもので「仙遊苑」と呼ばれています。

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池泉観賞式庭園として木札では紹介されてましたが、水は入ってないと言うか、池を見立ててるのでしょうか。凡人には分かりませんが、三玲らしく、石が立っていますね。

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本堂前から右手にある山門を見ています。写真中央の奥には、来迎院の山門も見えていますが、分かりますか

善能寺は、創建以来、衰退・再建を繰り返しため、創建当時の姿を見るのは殆どありませんが、唯一境内にひっそり佇む稲荷社稲荷神石社は弘法大師が祀ったと伝わるものです。

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日本で最初に祀られた稲荷大明神。弘法大師空海が、ある時、稲を背負った老翁と出会います翁は自らを八条の「柴守長者」と名乗ったそうですが、無者に福を与え、空海の仏法を守護するとの言葉に感激して、長者を稲荷大明神と尊称して、稲荷社をもって祀ったという逸話を残しています。

823年(弘仁14年)弘法大師空海が開基とされ、元は八条油小路にあって二階観音堂と呼ばれてましたが、善能寺と改められました。嵯峨天皇の勅願寺の時期もありましたが、1551年(天文20年)、後奈良天皇の綸旨により、泉涌寺の護持寺として、現在の地に移されました。

ここには5分程度で出ました。東福寺から泉涌寺を足早に廻りましたが、お隣同士に見えてても結構疲れました。このあとJR「東福寺」駅から帰路につきました。

【泉涌寺塔頭 善能寺 本堂祥空殿】

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