金井戸神社 (三栖神社御旅所)へ

長建寺を出ても、まだ9時11分でした。京都浄土宗寺院大公開の寺院は10時から門が開く予定でしたので、まだまだ時間があります。そこで予備に考えていた神社に向かうことにしました。

再び京阪「中書島駅」に戻るように歩いて行き、府道124号を西に進みます。そして宇治川支流の橋の手前まで来ると今度は少しだけ南に下がると鳥居が見えました。

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「三栖宮」と書かれた大きな提灯。近々お祭りでもあるのでしょうか。天武天皇と書かれた石標、その奥に鳥居がありました。

本日、2ケ所目の訪問地は、金井戸神社 (三栖神社御旅所)です。しかし来て見ると、何も無いことに気づくことに・・・。

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鳥居をくぐると、両側に狛犬が睨みをきかせているのは、いつもの神社と同じです。ここにも提灯があったので、祭が近いことが何となく分かりました。

少しだけ下がるとお決まりの手水舎があましたが、水が・・・入っていません。普段は誰も訪れないのかも知れませんね。

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その手水舎前にはイチョウの大木があって、御神木でしょう。遠目から撮らないと全体が収まらないほどです。

入口から下がること、かなり距離がありましたがやっと拝殿前に着きました。見渡しても社務所はありませんので、朱印は諦めました。

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拝殿の奥に本殿があって、御祭神は、入口の石標に書いてあったように「天武天皇(大海人皇子)」でした。(由緒書きも駒札も無かったので、伏見観光協会のHPで調べました)

天武天皇・・・教科書で習った程度ですが、「壬申の乱」ぐらいしか知らないです。お兄さんの天智天皇は「大化の改新」で有名ですが・・・。

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ここは三栖(みす)神社の御旅所らしいので、この建物の中には、ひょっとして・・・神輿なんか入ってるのかも・・・と想像してたら、前にポスターが貼ってあって、そこで2日後にお祭りがあることを知りました。

10月9日(日)に炬火祭がって、三栖神社会館前の20時に巨大な松明に火が灯される祭のようで、ポスターに内容が書いてありました。それによると・・・。

壬申の乱の時、天武天皇が大津行幸するにあたり、村人が大きな松明を灯して暗い夜道を照らしたという故事に由来。葦で作った直径4㍍の炬火が夜空を焦がして竹田街道を巡行されます。

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私が訪れてから2日後に炬火祭があったようですね、ポスターの写真では勇壮な祭のようでしたが・・・あと境内を散策して、イチョウの大木を見つけました。これも御神木のようでした。

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ここを出たら西側に宇治川支流が流れています。そこから西へ約1㎞。歩いて12程度で、三栖神社があったようです。(帰ってから調べました)

ここを9時27分に出ました。ここでの滞在は5分でしたね。この辺りの土地勘が無いのでこれ以上、行く所はありませんので、ここかゆっくりゆっくり歩いて次の目的地に向かうことにしました。少し予定より早いんですけど・・・。

【金井戸神社 (三栖神社御旅所)】

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