第52回 京の冬の旅 非公開文化財特別公開 常林寺へ

出町ふたばから京阪「出町柳駅」の前を通って、やって来たのは第52回 京の冬の旅 非公開文化財特別公開 常林寺(じょうりんじ)です。

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京阪「出町柳駅」から歩いて直ぐにあり、ここは“萩の寺”で有名です。私も2011年(平成23年)9月に萩を見に来て以来です。

ここには9時50分に着きました。ここに着く頃から、再び雨が降り始めてて・・・それより山門をくぐって見る風景が、“萩の咲く頃”と全く違うのに驚きです

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上の写真が今回のもので、下の写真が萩の咲く頃の写真です。多分・・・山門前から撮ったので同じ位置だと思います。

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山門前の看板は、本堂内に安置されてるご本尊の写真です。ここは通常非公開のため堂内に入ったことがありません。今回、初めて公開となり楽しみにやって来た次第です。

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山門を入って左手を何気なく写した写真です。そこには地蔵堂がありますが、まだ開扉されてません。後程わかることですが、ここも入れました。そして手前には燈籠が・・・これがまた由緒があって・・・それは後程

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山門入って右手には「念ずれば 花ひらく」と書かれた石碑があります。萩が咲く頃には萩の中に埋もれて分からないでしょう。

これは後で聞いた話ですが、萩が咲き終わると根元から切られるみたいです。そのため鬱蒼とした萩は、いったい何処に・・・と思ってしまいましたが、そういうことだったんですね。

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雨が降り始めたので本堂の写真だけは先に押さえときました。そして案内に従って庫裏の方に行って並ぼうと行って見ると・・・。

中から人が出て来られ、「どうぞ入って下さい」と案内されました。この時、9時51分でしたが、雨も降り始めてたし、そして何より寒かったので、「外で待って貰うのも気の毒やしどうぞ」と言うことらしい。

玄関を入った突き当たりに拝観受付があって、そこで拝観料600円と朱印が2種類あったので600円、そして本堂修復記念で出版されたガイド本が500円であったので、これもいただきました。私が一番乗りでしたが特に狙った訳ではありませんが、本堂に入って案内が始まるまで堂内をじっくり観察できました。なお堂内は撮影禁止でしたので、バンフからの抜粋です。

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来た時は私だけ、そのあとお一人入って来られ案内が始まりした。案内は約10分・・・終わり頃にざっと数えてみたら20数名に増えてました

通称「萩の寺」で知られる浄土宗の寺院で、光明山 摂取院常林寺といいます。1573年(天正元年)魯道(ろどう)上人を開山に開祖。豊臣秀吉のによる都の整備に伴い寺町荒神口付近に建立されてるも1671年(寛文11年)の“寺町大火”により焼失。1698年(元禄11年)に当山第7世の英誉により現在地に本堂が建立され現在に至っています。幕末の戊辰(ぼしん)戦争時に幕府側代表として西郷隆盛と会談し「江戸城無血開城」を成し遂げた勝海舟が京での常宿とし、時には海舟とともに坂本龍馬らも逗留したと伝わる書院の間が残っています。

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本堂には阿弥陀三尊像(中央に阿弥陀如来立像、右に観世音菩薩像、左に大勢至菩薩像)が祀られており、これが看板の写真に使われています。

また、脇壇には善導大師、法然上人像と菊桐紋入りの衣に高下駄姿の帯刀僧形像が、左の脇壇には聖観音菩薩像(しょうかんのんぼさつぞう)、阿弥陀如来座像、地蔵菩薩像が祀られていました。近年修復された阿弥陀如来座像は金色に輝く姿に生まれ変わってます

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最初に述べましたが、私は案内が始まるまで時間があったので、堂内をくまなく観察してました。そしたら内陣の天井に綺麗な花が咲いているのが分かって、案内の前に質問をしました。そしたら答えていただいて・・・。

常林寺の住職の叔母にあたる野村はるみ画伯が境内に咲く花を描き、それを77枚の天井絵に仕上げた物です。残念ながら昨年、85歳で亡くなれました。

案内が終わって、20数名が一斉に動かれても問題はありません。既に最初くまなく見てたので。それで空いてる間に“勝海舟の間”を見に書院に行きました。

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残念ながら撮影禁止のため正面から撮れません。縁側から雰囲気だけでもと思い撮ってみました。ここに勝海舟が逗留していたと思ったらワクワクしてきます。

ガイドさんの話によると、ここに勝海舟が泊まった形跡を探しても無いそうです。ただ子母沢寛(しもざわかん)の名作「勝海舟」に萩の常林寺が描かれてます。それが証拠と言えるかどうか・・・です

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ここから庭が見えます。前途した子母沢寛の小説にも出てくるようですが、今は住宅が建ち当時とは景色が変わってしまいましたが、ここから勝海舟、坂本龍馬、中岡慎太郎らが見たのでしょう・・・多分

また、書院には幕末から明治にかけて活躍した日本画家・岸竹堂(きしちくどう)が描いた「釈迦三尊」の壁画や、野村はるみ画伯の「萩図衝立」が展示してありました。

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こには、10時28分に玄関から出ると雨が、本降りに変わってました。先程庭を見ると本降りになってて・・・嫌な予感が的中してしまいましたね。それよりガイドさんから、話しを聞いた・・・あるものを見にいきます。

目指すは山門を入って左手にある地蔵堂です。来た時は閉まってましたが、帰りは開扉されてて前にはガイドさんが立っています。

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堂内の中央には世継子育地蔵尊が祀られています。この地蔵尊は常林寺が建つ以前からこの地に祀られてました。

先程の案内で、この地蔵堂の前にある石燈籠のことを話されました。話を聞かなかったら間違いなく素通りでしたけど・・・。

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この燈籠は明治天皇から送られたものなんです。エピソードはガイドさんが話されました。

明治天皇が幼少の頃、京都御所は荒れ果てて、幼い明治天皇は土塀の穴を潜り込んで湯口家で遊ばれてました。時は過ぎ、大政奉還の後、東京へ遷都の時に湯口家の当主に「随分世話になった」と菊の御紋入り石燈籠を湯口家に残され東京に旅立たれました。その後、湯口家も引っ越しされることになって、石燈籠が常林寺に寄贈され今日に至っています。

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菊の御紋”は、山門の石段を上がったら見えました。非常にみにくい位置にありますが肉眼でははっきり分かります。

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最後に山門の中で雨を避けて本堂を撮りました。9月頃には境内一杯にが咲き誇ります。久し振りに行ってみようかなぁ・・・

とにかく雨が降って寒いです。風も強くて体感気温は氷点下。“出町ふたば”でかった豆餅が濡れるし、早々に京都御所に向かいました。参考までに「京都御苑 清和院東駐車場」は3時間以内500円です。利用時間は9時26分~11時00分でした。

【常林寺 本堂】

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