第52回 京の冬の旅 非公開文化財特別公開 大黒寺へ

2月23日(金)は、昼から休みを取って建仁寺に。ここは拝観するためじゃなく所要のため訪れて、用事を済ませてたら急いで京阪「祇園四条駅」に行き、そこから特急に乗り「丹波橋駅」で下車。余談ですが特急車両の乗り心地は良いですね、数十年前に通勤で利用していた時に比べて数段、良くなってました

そこから歩いて約10分ぐらいで第52回 京の冬の旅 非公開文化財特別公開 大黒寺に着きました。ここには2016年(平成28年)に朱印を貰いに来ています。

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ここには13時30分に着きました。普段は閉まっている山門が開いてます。通常出入りする通用門は、工事中でした。以前入れたとこが・・・と、一瞬焦りましたが・・・

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2015年(平成27年)の「春季非公開寺院特別公開」では秘仏“大黒天像”が公開されましたが、今日は秘仏の公開は無いです・・・仕方ないけど・・・その時は私、入院して行けなかったから・・・。

山門を入ると右手にテントがあって、そこに拝観受付所がありました。そこで拝観料600円を納めて、スタンプラリー1個目を押してもらいます。予定では、あと2箇所行く予定はありませんが・・・。

堂内は予想通り撮影禁止でした。これも予想通りご本尊の厨子は閉まっています。先客はお一人で案内が終わって出て行かれたので、私だけのマンツーマンの案内を学生さんがガイドをしてくれ話が始まりました。

大黒寺は山号を円通山といい真言宗の単立寺院です。第51代・平城天皇(へいぜいてんのう)の第三皇子・真如法親王(空海の弟子)が開基。平安時代の初めの創建時には長福寺と称してましたが、江戸初期、1615年(元和元年)に島津義弘が、伏見の薩摩藩邸から近かった長福寺に島津家の守り本尊である大黒天が祀られてるのを知り、幕府(伏見奉行・山口駿河守)に懇願。薩摩藩の祈願所としました。その際に出世大黒天を本尊として、寺の名を大黒寺と改めたそうです。こちらは薩摩藩と縁が深いことから、別名“薩摩寺”とも呼ばれてました。

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中央の厨子の中には秘仏の“出世大黒天”が納められていますが閉まっています。それで厨子の前には、御前立の“大黒天”が祀られています。

秘仏「出世大黒天」は60年に一度の“甲子(きのえね)の年”に開帳されます。前回が1984年(昭和59年)。次回が2044年・・・26年後です。出世開運、子授けなどの御利益が受けられるといいます。

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本堂の北側から出て渡り廊下が無いので絨毯が引かれています。真ん中の白い所は、奥の墓地に行くためで靴のまま通れます。そこには西郷隆盛や大久保利通らが度々集い、会談を行ったとされる部屋が残されています。

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書院に上がると最初の部屋が西郷隆盛や大久保利通らが会談を重ねた部屋だそうで、西郷らが実際に使ったという机を直接触れる事が出来ます

西郷さんの息づかいが感じられるかと期待してましたが、正直な感想・・・何の変哲もない部屋でした。多分、綺麗に修復はされてるのでしょう、多分、これからNHK大河ドラマ「西郷どん」で、取り上げられるでしょう

また、奥には今回の寺宝が展示されてて、これもガイドさんが説明してくれます。ここで初めて知った名前で、「平田 靱負(ひらた ゆきえ)」の肖像画がありました。

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初めて聞いた名前で、この肖像画を見ながらガイドさんが詳しく教えてくれました。知らない筈です・・・大名でもない薩摩藩の家老でしたね。

平田靭負は江戸時代中期の薩摩藩の家老で、1753年(宝暦3年)の木曽三川分流工事(宝暦治水事件)の責任者でした。幕府から工事費用は薩摩藩が全額負担で治水工事を命じられ、工事はなんとか着工より15ケ月で完成しますが、その後平田靭負は亡くなります。表向きは病死となっていますが、多大な犠牲や費用を出したことに責任を感じて自害したとも言われています。

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このあと案内に従って、自分の靴に履き替えて墓地向かいました。その手前に先程案内があった、「平田靭負の墓」がありました。

このあと西郷隆盛が建て、隆盛自身が書いた名前を彫ったと言われる「薩摩藩九烈士の墓」があります。

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向かって右から有馬新七、田中謙助、橋口伝蔵、柴山愛次郎、弟子丸竜助、橋口壮介、西田直五郎、森山新五左衛門、山本四郎と並んでいます


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幕末の1862年(文久2年)有馬新七ら薩摩藩尊攘派志士は、公武合体派の関白や所司代襲撃計画を立て寺田屋に集まりましたが、上京中の島津久光が派遣した鎮撫隊により、殺害された。

この事は、以前寺田屋を訪問した時に知りました。この「寺田屋騒動」で亡くなった志士の墓が大黒寺にあることも知りましたが2016年(平成28年)の訪問時には失念していて、やっとお参りできました。

本堂、書院そして墓地と回って、この“特別公開”は終わりです。平日ということもあって空いてましたが、ガラガラだった訳ではありません。

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本堂前には大黒天像が置いてあります。普段は堂内には入れないから、この前でお参りすることとなります。

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境内の南東角にある「金運清水」です。本堂内のガイドさんから「“金運アップ”に飲んで帰って」と言われたので飲んで見ました。

ここに来た時、ご近所の人がペットボトルに汲みに来られてました。帰りに寄ると誰も居なかったので飲むことができました。これで“金運”が上がれば良いのにね。伏見七名水の一つで、2003年(平成15年)に井戸を新たに掘られたら清冽な水が湧き出てきたそうです。

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2016年(平成28年)に来た時と比べて、境内の北側が何の工事か分かりませんが幕で仕切られてて・・・それで社務所は・・・

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2016年(平成28年)に朱印は、いただいてますが、ここが社務所です。幕の奥にひっそり“朱印”を受付されてました。

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ここには13時53分に再び山門から出てきました。境内は狭いので拝観時間の殆どは案内の時間です

このあと、五度目の正直を狙って次へと向かいました。朝は寒かったので当然コートを着てますが、春が近づいてるんですね日差しが強くなってきました。

【大黒寺 「西郷隆盛、大久保利通会談の間」】

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