春の特別公開2018 東福寺「法堂 光明宝殿」へ

東大路通りも泉涌寺道を通過すると京都第一赤十字病院があって、その次の信号を左折・・・と覚えました。しかし・・・車が数十台止まっています。「東福寺に入るのための駐車場待ち」と一瞬思いましたが、今は4月、紅葉の時期なら分かりますが、今はあり得ない・・・と言うことで、原因は京都第一赤十字病院に入るための駐車待ちでした

京都第一赤十字病院の渋滞待ちを見ながら最初の信号を左折し、後はくねくねと回り東福寺北駐車場に車を入れました。10時35分頃着いたかと思いますが、ここは無料で止められるのが良いですね。そして、ここから歩いて東福寺境内を目指します。

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臥雲橋から通天橋を見ると、誰も居ないことが分かります。紅葉シーズンならあり得ないでしょう。青モミジも綺麗ですし圧巻です。外国人観光客が盛んに写真を撮られていのが印象的でした。

東福寺の境内には日下門から入ります。何度も来ている東福寺でも、本日訪れたのは春の特別公開2018として「法堂 光明宝殿」が公開されたので来て見ました。

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通常法堂は非公開ですが、毎年3月14日~16日の「大涅槃会」では無料で公開され2度目ばかり行ったことがあって、直近では2013年(平成25年)3月14日に行きました。

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しかし光明宝殿は来たことがありません。事前に東福寺の地図を見ても分からなかったので、ここに来て“看板”を見て確認・・・法堂の東側にあるようですが・・・。

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ここは、京都市観光協会が主催のため招待券はありません。今年の春の特別拝観では、ここだけ拝観料を払う予定です

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公開期間が4月27日(金)~5月6日(日) 10時から16時 拝観料800円でした。今日が、その公開初日・・・連休中は混雑するので病院から壬生寺、そしてここまでやって来た次第です。

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光明宝殿・・・こんな所にあったのか・・・が感想です。受付はこの前にテントがあって、前途したとおり800円をここで納めます。そして靴を袋に入れ“宝物館”に踏み入れると・・・。

入って右手が寺宝の展示室でした。明治期に焼失した仏殿の大仏の前に置かれていたとされる、禅宗様の日本最大級の前机「朱漆牡丹唐草文透彫卓(しゅうるしぼたんからくさもんすかしぼりしょく)」(重文・室町時代)など。ただ期間中展示替えがあるそうですが・・・。

そして案内に従って向かって左の部屋に移動すると、圧巻の仏像群を目にします

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(写真の看板は、運慶作と伝わる金剛力士立像(重文・鎌倉時代)他に、阿弥陀如来坐像(重文・平安時代・像高281.8㌢)、二天王立像(重文・室町時代・像高337㌢)、地蔵菩薩坐像(重文・鎌倉時代・像高85.2㌢)、僧形坐像(重文・鎌倉時代・像高82.2㌢)など、案内はありませんしバンフもありませんが暫くじっくり見させて貰いました。

内部は思ってより狭いです。東福寺の“宝物館”ですのでもう少し大きいと勝手に予想してました。ここはに約6分ぐらいに出て、向かいにある法堂に向かいます。

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法堂の東側から入ります。靴は光明宝殿での靴袋をそのまま使い、スリッパに履き替え中に。2013年(平成25年)3月14日以来、久々です。

入ると20数名の方が案内を聞いてます。ここは最初から聞きたかったので堂内をウロウロ。それでも時間が余って・・・相当・・・待ちました。

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入口で「写真撮影できますか?」と尋ねると「遠慮いただいてます」と。内部には、それらしき事は何も書いてないんですけど・・・仕方ないので、前回のを使いました。写真の天井画は、京都画壇の巨匠・堂本印象作「蒼龍図(そうりゅうず)」です。

前の案内が終わって5分ほど待って、ようやく案内が始まりました。ちょうど11時頃だったと記憶しています。案内によると・・・。

東福寺は臨済宗東福寺派大本山。鎌倉時代の1236年(嘉禎2年)、摂政・関白であった九條道家(くじょうみちいえ)が九條家の氏寺として造営し、聖一(しょういち)国師(円爾弁円(えんにべんねん))を開山に迎え、奈良の名刹・東大寺と興福寺から一文字ずつ取って“東福寺”と名付けられました。室町時代には臨済宗の寺院として整い「京都五山」の第四位(一位は天龍寺、二位は相国寺、三位建仁寺、五位が万寿寺)の格式に列せられ「東福寺の伽藍面(がらんづら)」と称されたほどの壮大な伽藍が並んだ禅刹で、今も中世の貴重な禅宗建築が随所に残されています。1881年(明治14年)に方丈から出火し、仏殿、法堂、庫裏を焼失したため、法堂は1934年(昭和9年)に再建され昭和期の木造建築としては最大級の建物となりました。大火災の前まで本尊は約15㍍の大仏でしたが、焼失したため明治の廃仏毀釈により廃寺となった三聖寺(さんしょうじ)から迎えた釈迦如来立像と阿難(あなん)・迦葉(かしょう)尊者立像など堂内中央に祀られています。また天井には京都画壇の巨匠・堂本印象が1933年(昭和8年)に、わずか17日間で描いたという天井画「蒼龍図(そうりゅうず)」が残されています。(焼失前は、狩野山楽の龍図でした)

約12分も長い時間をかけて東福寺の歴史から法堂内の様子を詳しく案内していただきました。多分、東福寺の職員さんだと思います。以前、三門楼上で案内を聞いた人に似てました

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この日は、公開されてませんでしたが、先程の案内で説明された「新大仏の手」が祀られています。前途した大火災で唯一助け出されました。高さは2㍍もあり、新大仏の巨大さが想像できます。

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5年前に来たので堂内の左か右かは忘れましたが、次に聖一(しょういち)国師像です。先程の案内で東福寺を開山した高僧だと教えてもらいました。

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次に東山湛照(とうざんたんしょう)といい、法堂内のご本尊である釈迦如来立像は三聖寺から迎えたと案内で聞きましたが、この高僧は、その三聖寺を開いた人です。

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最後が伽藍神(がらんしん)で、この法堂に祀られている2尊は、梵天・帝釈天にあたり、南北朝時代の院派仏師の手によるものです。

上記の写真は、今回の特別公開では扉が閉まってて公開されてません。春の「大涅槃会」(3月14日~16日)では見られます。これで私は、東福寺法堂はコンプリートできました

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法堂を出て、国宝の三門を見ています。日本最古・最大の建物と案内で聞きました。ここも前途した「大涅槃会」(3月14日~16日)で上がることができます。ここからの眺望は素晴らしいです。

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東福寺には桜の木がありません。修行の妨げになるためだと聞きましたが、“紅葉の東福寺”と言われるぐらい、秋の紅葉は圧巻です。帰りも通天橋から撮りましたが、ここが真っ赤に染まる・・・観光客が押し寄せるのも無理はないです。

東福寺北駐車場を11時20分頃出発し、東大路通りから九条通りに出て、世界文化遺産の東寺をの前を通り、そのままに西に進み御前通りを今度は北上します。そして八条通りの手前まで来ると、松尾大社西七条御旅所があり、その境内の北の道を西に進み、お昼に計画していた所に行きました。

【東福寺 光明宝殿】

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