古寺とお城の旅日記U

アクセスカウンタ

zoom RSS 伊豆旅行 二日目 源頼朝配流の地「蛭ケ小島」へ

<<   作成日時 : 2019/03/24 04:00   >>

ナイス ブログ気持玉 27 / トラックバック 0 / コメント 0

静岡県伊東市にある伊豆シャボテン動物公園を11時頃に出て車は、行きとほぼ同じコースを通り、再び修善寺近くまで戻ってから車は北に向きを変えます。次の予定は当初“韮山反射炉”でした。そして当日、“江川邸”の追加を申し出て、運転手さんは快く引き受けてくれました。その“韮山反射炉ガイダンスセンター”で12時から時代背景などを映像で紹介されるので、その時間に入ってもらう前に「蛭ケ小島に行ってみましょう」と言われたので、私も喜んでお願いしました。

画像
車は11時53分に到着しました。殆ど時間が無いので大急ぎで見て回ります。歴史の教科書で習った“蛭ケ小島”に今立っています。

画像
その向かいには綺麗に富士山が見えています。源頼朝や北条政子も見てたでしょうね、頼朝は京からどんな思いでここまでやって来たのでしょう。

平治の乱で破れた源義朝の嫡子、源頼朝配流の地と言われているのが蛭ケ小島です。狩野川の流路変遷の名残をとどめてか、近在には古刹・和田島・土手和田等の地名が現存することから、往時は大小の田島(中州)が点在し、そのひとつが、この“蛭ケ小島”であったことが想像される。1160年(永禄元年)に14歳で、この地に流された頼朝は、1180年(治承4年)34歳で旗揚げ、やがては鎌倉幕府創設を成し遂げます。配流20年間における住居等の細部は不明で分からない。

画像
こちらは、「秋山富南の頌徳碑」で、豆州志稿の増訂に当たった萩原正夫が、1895年(明治28年)に建立したもの。

画像
画像
画像
その先に、源頼朝と北条政子の銅像が建っています。1177年(治承元年)頼朝31歳、政子21歳の姿だそうです。

画像
画像
富士山も少し雲がかかってきしたが山頂はくっきり見えます。本当は、昨日“十国峠”から見たかった・・・なぁ・・・と。

12時から映像が始まるので、富士山の写真を撮っていたら、運転手さんに急かされ車に乗り込みました。11時56分に出ましたが、果たして間に合うのか・・・

【蛭ケ小島】

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 27
ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文
伊豆旅行 二日目 源頼朝配流の地「蛭ケ小島」へ 古寺とお城の旅日記U/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる