奈良大和 四寺巡礼 花の御寺 長谷寺へ

室生寺を出て、次に向かったのが西国三十三ヵ所 第八番札所 長谷寺です。岡寺でも述べましたが、西国三十三ヵ所は、過去3回廻りました。長谷寺も最低3回は来てますが、ここは牡丹や桜などの“花の御寺”で知られており、私も牡丹の時に何度か来た記憶があります。

CIMG9732.jpgCIMG9733.jpg14時20分、タクシーは写真の場所で降りました。運転手さんはその先の駐車場に止めに行かれたので、私は先に仁王門の方へ進みます。

降りると懐かしの仁王門が、参道先に見えています。最近では牡丹を見に2007年(平成19年)4月27日に来ています。多分、それ以来の訪問だと思うので、12年振りの再訪です。

CIMG9736.jpg車を降りてから、結構長い参道を歩いていくと、仁王門の手前に「拝観受付所」があって、そこで“奈良大和四寺巡礼”のチケットを出しました。

すると、チケットの四隅・・・最後の四隅をハサミで切られ、「仁王門」へ。ここも西国巡礼の札所ですが、見たところ空いてるようです。

CIMG9737.jpg楼門形式で建てられた長谷寺の総門にあたります。2階には釈迦三尊像と十六羅漢像が祀られてるそうです。扁額の文字は後陽成天皇の宸筆です。

CIMG9738.jpgCIMG9739.jpg三間一戸入母屋造本瓦葺の楼門の両脇には仁王像が安置されています。ここもじっくり見てからくぐると・・・。

CIMG9741.jpgここから本堂に通じる長い長い石段をゆっくり登って行きます。この石段の上に屋根が付いており「登廊(のぼりろう)」と呼ばれています。

この登廊の両脇には、5月の連休前後に牡丹が綺麗に咲き誇ります。もう12年も前のことですが、思い出しますね。

CIMG9743.jpg暫く登ると右手に「道明上人廟」があります。道明上人は長谷寺の開基とされています。

686年(朱鳥元年)、第40代・天武天皇の勅願により川原寺の僧道明が初瀬山の中腹の西の岡に三重塔を建立し、銅板法華説相図を奉納したのが始まりで、「本長谷寺」を建てたのが長谷寺の起源だと伝わります。

CIMG9747.jpg登廊を少し登った所で、仁王門を見下ろしています。本堂までは、まだまだ・・・です。

CIMG9756.jpgCIMG9760.jpgCIMG9761.jpg歩幅の合いにくい石段をゆっくりゆっくり登って行きます。振り向けば下からタクシーの運転手さんも登って来られています。

ここは下登廊と中登廊の間に建つのが「繫屋(つなぎや)」で、「水屋(手と口を清める所)」もありました。

CIMG9763.jpgCIMG9765.jpgCIMG9766.jpgCIMG9768.jpgまもなく本堂に着きますが、中登廊と上登廊の繫ぎ目建つのが「蔵王堂」です。

CIMG9769.jpgCIMG9771.jpg蔵王権現三尊像」が祀られており、釈迦如来(過去仏)、千手観音(現在仏)、弥勒菩薩(永未仏)三世の利益を表す。

蔵王堂は、1577年(天正5年)の創建。蔵王大権現を祀る。1650年(慶安3年)徳川光圀公の命により再建される。


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紀貫之 故郷の梅」(はいさ 心も知らず ふるさとは 花ぞ昔の 香にほひける)

CIMG9779.jpgここまで来たらラストスパート、もうすぐ本堂です。全長200㍍、399段・・・疲れました

CIMG9782.jpg上登廊を登り切る右手には、左から「馬頭夫人(めずぶにん)」「八幡宮」「住吉宮」と並んで建っています。ここ長谷寺が牡丹の名所になったのは、馬頭夫人と関係があるそうですが・・・

CIMG9783.jpgこちらは「三百餘社(重要文化財)」で、1650年(慶安3年)の建立。登廊を上りきった左手に建っていました。

CIMG9793.jpg上がると左手に本堂がありますが、それは後にして、先に右手にある「納経所」に行き御朱印をいただきました。“四寺巡礼”の朱印をいただく予定が、私が番号を言い間違えたので、2種類の御朱印をいただくことになりました

余談ですが、正面に見えているのが「愛染堂」です。その奥に“三社権現”がありますが、時間的に余裕がないのと、体が疲れているので寄りませんでした。

CIMG9794.jpgCIMG9797.jpg御朱印をいただいたら、久し振りにご本尊にお参りです。何度行っても10㍍を超える大観音には驚かされます。

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本尊「十一面観世音菩薩立像」(重要文化財)、開眼法要は733年(天平5年)に行基が勤めましたが、その後、幾度か火災に遭い、現在の本尊は1538年(天文7年)の再興像。

CIMG9799.jpgご本尊前から舞台側を見ています。手前に「礼堂」が見えています。ご本尊が祀られている内陣は「正堂」と呼ばれていす。なお、内陣は撮影禁止でした。

CIMG9801.jpgCIMG9803.jpgCIMG9806.jpgCIMG9811.jpg686年(朱鳥元年)、道上人が長谷寺を建立したときは、本堂は違う場所でした。その後、巨大なご本尊を祀るため747年(天平19年)に今の本堂を建立。そのあと幾度か火災に遭い、現在のお堂は、江戸幕府3大将軍・徳川家光によって1650年(慶安3年)に建立。2004年(平成16年)に国宝に指定されました。

CIMG9813.jpgCIMG9808.jpgCIMG9809.jpgCIMG9810.jpgこのあとは、舞台からの眺望を楽しみました。見晴らしは良いです、心地よい風も気持ち良かったです。

CIMG9814.jpgCIMG9835.jpg眺望を楽しんだあと、遠くに見えている五重塔に向かいます。運転手さんに「時間ありますか?」と尋ねると「大丈夫です行きましょう」と。それで向かうことに。

CIMG9818.jpgその手前にはあったのが「御影堂」で、宗祖弘法大師を祀る。1979年(昭和54年)の建立です。

CIMG9819.jpg次に「本長谷寺」です。686年(朱鳥元年)、道上人が長谷寺を建立したときの本堂は、ここでした。

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1954年(昭和29年)の建立。高さ27㍍、焼失した三重塔・十三重塔・多宝塔の代わりに建立されました。

CIMG9823.jpgここから見る「本堂」です。以前来たときは、綺麗に見えましたが木々が生い茂って見えにくくなってましたね。

CIMG9830.jpgCIMG9800.jpgCIMG9832.jpgCIMG9833.jpg運転さんが「帰りはこちらです」と言ってくれて、それで「大黒堂」の前を通りました。堂前には“大きな袋”“打ち出の小槌”がありしまた

CIMG9836.jpgCIMG9839.jpg次に開祖“道明上人”を祀るお堂「開山堂」で、お堂の横には不動明王立像が安置されていました。

CIMG9842.jpgそのまま出口に向かって歩いていくと、「御守り授与所」がありました。売店をかねているみたいで、寄っていくと・・・。

妻が趣味のご当地キティちゃん、見つけたので買いました。私も、仏像は写真が撮れないのでポストカードを

CIMG9843.jpgCIMG9844.jpg運転手さんと一緒にゆっくり降りていくと、こんな石碑を見つけました。「こもりくの はつせのやまにてるつきは みちかけしけり ひとのつねなき」(林武書)・・・石碑は漢字でしたが・・・

CIMG9846.jpg“拝観受付所”まで戻ってくると、大きな「水盤」が行きは気がつかなかったです。ここで運転手さんは駐車場に向かわれるので、ここで別れます。私は行きで車を降りた所まで行きます。

CIMG9847.jpg帰りはゆっくり下りです。この時、15時6分・・・帰りの電車は16時発のため、まだ余裕がありましたが・・・。

長谷寺は、西国三十三ヵ所 第八番札所としても知られ、四季を通じて境内が花に彩られる「花の御寺」として親しまれています。春は桜と牡丹、夏はアジサイ、秋はもみじ、冬は冬牡丹が咲き誇り、多くの巡礼者の目を楽しませています。

タクシーは15時10分頃に、出発しました。運転手さんに聞くと、近鉄大和八木駅には30分ぐらいだと聞きました。これなら16時発の特急に余裕で間に合いそうです

【長谷寺】

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