第44回 京の夏の旅 文化財特別公開 旧湯本家住宅へ

9月27日(金)は、第44回 京の夏の旅 文化財特別公開 旧湯本家住宅に行きました。この“夏の旅”では、町屋が杉本家住宅、吉田家住宅、藤野家住宅と公開されましたが、この旧湯本家住宅は、町屋ではありません。後でガイドさんに聞きましたが旧宅なんですよね。

CIMG0048.jpg車は相国寺の北側に止めたので、相国寺の境内を通ります。すると彼岸花が咲いてました。今年は随分、開花が遅いです。

相国寺の総門から境内を出て、直ぐに東に入ります。すると直ぐの所にあるのが旧湯本家住宅で、9時54分に着きました。

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着くと、中から係の方が出て来られて、「案内は9時から始めますが、中に上がって下さい」と言われたので靴を脱いで上がります。

聞くと、写真撮影は室内は禁止でした。ただ庭に出て建物を撮られるのはOKだと言うことで、案内が始まるまでに先に写真撮影は済ませておきました

旧湯本家住宅は、江戸末期~大正時代の歴史家・湯本文彦(ゆもとふみひこ)が、1903年(明治36年)に終の棲家として建てた住居です。湯本先生は、鳥取藩士として生まれ、京都市美術工芸学校教授や東京帝国大学史料編纂員などを務め、平安京の復元研究でも知られています。京都の最初の通史『平安通志』編纂事業にも携わりました。浄瑠璃寺の古材と伝わる床柱や、墨型(墨を作る際の型)を使った襖の引手など特徴的な意匠を残す座敷があり、また大徳寺真珠庵の「庭玉軒」の写しとされる二畳台目の茶室など、自ら茶碗を作り茶を嗜んだ趣味の空間が残されています。

ガイドさんの話で、湯本文彦先生の名前を初めて知りました。平安神宮建立の元とされた平安京朝堂院絵図など残されましたが、名前が載ってないですよね。ガイドさんも「是非、名前を覚えて帰って下さい」と言われてたので、覚えて帰ります。次にお隣の部屋に移動しましたが、先に“茶室”を案内します。

CIMG0060.jpgCIMG0056.jpgCIMG0057.jpgCIMG0054.jpgここが、先程ガイドさんが案内した大徳寺真珠庵の「庭玉軒」の写しとされる二畳台目の「茶室玄古庵」です。内部から見るより、躙り口が覗くほうがよく見えます。

CIMG0058.jpgCIMG0061.jpgCIMG0063.jpg庭には、自分の靴で降ります。さほど見所のある庭とは言えませんが、茶室はここから見る方が絶対良いです。蚊が多そうなので直ぐに上がりました。

CIMG0062.jpgCIMG0051.jpg次に案内された部屋は、「墨囚窟(ぼくしゅうくつ)」と名付けられた四畳半の部屋で、ここでもガイドさんがスタンバイされてました。

ここには九体の阿弥陀如来を安置していることで知られている浄瑠璃寺の古材と伝わる床柱や、墨型(墨を作る際の型)を使った襖の引手など特徴的な意匠を残す座敷となっていました。

後は立入は出来ませんが、八畳の洋間があって、見学すると元の戻ってきました。さほど広くも無い室内であるのと、内部の写真撮影が禁止されていたこともあって、長居は不要とばかりに出て行きました。

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出ると、係の方より、ここの入口・・・鳥居の形をしていることを教えてくれました。聞かなかったら分からなかったことですね。

10時22分に、ここを出てきて、再び相国寺の境内を通って車を置いてあるコインパーキングに向かいました。あまり見所の少ない旧居だったように私は思いました。

【 旧湯本家住宅】

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