牧野省三の石碑が立つ 三吉稲荷神社へ

10月25日(金)は、朝から低気圧の接近により大雨でした。訳あって11月に入ると、そんなに外出するこが困難となるため、少々の雨でも出掛けるつもりでしたが、まさかこんな大雨になるとそれでも車で出発し、本日の目的地にである太秦多藪町内にあるコインパーキングに8時47分に車を止めました。

目的の寺院は、9時から開門するのでまだ時間があります。それで懐かしいの大映通りでも散策しようと思いましたが、この雨です。少したけ歩いて止めました。お寺の門の中でも雨宿りをしようと思い向かう途中に、以前来たことがある三吉稲荷神社の前を通ったので寄っていくことに。

CIMG0716.jpg以前(日時は覚えて無い)大映通りを歩いていると偶然偶然にも見つけて寄った覚えがあります。大映通り南に鳥居が経っており、写真でも分かるように雨は強く降っています。

CIMG0719.jpgこの雨では長居は出来ませんが、とりあえず写真だけは・・・と思い“手水盤”を撮りました。

CIMG0717.jpgCIMG0720.jpgCIMG0721.jpgCIMG0725.jpgCIMG0727.jpgCIMG0728.jpgCIMG0729.jpgCIMG0730.jpg詳しいことは分かりませんが、御祭神は「三吉稲荷大名神」と「中里八幡大菩薩」が祀られてるようです。

この辺りの地名は、太秦多藪町と言います。かつて竹藪に覆われていたと言われてますが、現在は住宅街が広がり面影は全くありません。私が小さい頃、祖母が四条大宮から嵐電に乗ると、山之内を過ぎると、野原の一本道を電車は走っていた・・・と、聞きました。今は考えられませんが生き証人の祖母も遠い昔に他界して、今は話を聞くことができません。ここを訪ねてふと昔のことを思い出しました

CIMG0724.jpg本殿の左奥には、名前は分かりませんが“石仏地蔵”でしょうか祀られていました

CIMG0718.jpgCIMG0722.jpg境内の一角に「牧野省三顕彰之碑」があります。ここ太秦は近くに「東映太秦京都撮影所」「松竹撮影所」「大映撮影所(現在は無い)」があって、日本映画が発展した地でもあります。

なお、等持院の境内の片隅には「牧野省三の銅像」が建っています。この日は大雨のためこの石碑の裏側に回り込みませんでしたが、以前撮った写真を確認すると以下のことが・・・。

20世紀のはじめ、京都に新しい産業 映画芸術として日本映画は興った 牧野省三先生は明治11年(1878)京都に生まれ 実家の劇場経営の経験を提げて明治40年(1907)この振興の事業を興した。爾後 昭和4年(1929)京都に没するまで 常にこの道の先覚者として企業と芸術の両面より日本映画創建に尽力された・・・以下省略。2000年(平成12年)平成12年10月1日 牧野先生顕彰之碑 建立委員会とあって、著名人の名前が。一部だけ書いてみると・・・と言うより私が存じ上げてる人・・・が正解です。

長門裕之、津川雅彦、南田洋子、藤田 まこと、吉永 小百合、、松方 弘樹、松平 健、由美 かおる・・・等々。

CIMG0726.jpg8時55分に、ここを出て行きました。ここには3分弱しか居なかったですね、この大雨では仕方ないでけど・・・。

ここから次の目的地まで歩いて1分程度ですが、雨のため山門の中でも雨宿りさせてもらおうと早々とここを出ました。なお、ここには由緒書きの書かれた木札は無かったです。

【三吉稲荷神社】

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