飛鳥四大寺に数えられた川原寺跡 弘福寺へ

橘寺を出ると、向かいに川原寺跡 弘福寺があり、当初から行く予定でした。ただ駐車場が分かりませんでしたが、とりあえず友人は門前まで行き、そこに車を止めました。時計の針は11時19分でした。

IMG_7453.jpg車から降りて、先程訪れてた橘寺を見ています。向かいにあっても車では迂回してきました

IMG_7465.jpg弘福寺「山門」をくぐると、そこからは有料エリアとなります。多分、ベルがなるのでしょう奥から人が出て来られました。

IMG_7464.jpgIMG_7454.jpgIMG_7455.jpg山門」の正面が「本堂」です。受付は、本堂右横の奥にある「書院」から上がります。

入山料300円と朱印代300円を納めます。すると「本堂」内を案内され、簡単に案内がありました。入る時に扉は開けられますが、基本閉まっていたので暑いです。扇風機は回ってますが効きません。せっかく話をして貰っているのに、耳に入ってこないです。

IMG_7456.jpgIMG_7457.jpg堂内は撮影禁止でした。狭い堂内に重要文化財の木造持国天・多聞天立像(平安時代前期)、十二神将像などが安置されてました。

飛鳥寺、薬師寺、大官大寺とともに飛鳥四大寺に数えられた大寺であった川原寺は、第37代斉明天皇(第35代皇極天皇の重祚)の川原宮跡に、子の第38代天智天皇が建てました。1957年(昭和32年)から1960年(昭和35年)の発掘調査からは、一塔二金堂式で左右対称の伽藍配置をとっていたことが明らかになった。現在は、遺構として28の瑪瑙(大理石)の礎石と塔跡が残る。中金堂跡に建てられた弘福寺のみが、その威風を今に伝えている。現在は、真言宗 豊山派 弘福寺となっています。

EPSON017z.jpg飛鳥四大寺に数えられた頃の川原寺です。現在は旧中金堂のあたりに本堂が建っており、その礎石が現在残っていると聞きました。

IMG_7458.jpgIMG_7459.jpgIMG_7460.jpgIMG_7461.jpgIMG_7462.jpgIMG_7463.jpg御朱印を書き終えられたら、室内が暑いので直ぐに出ました。出たら実際残っている礎石を探して写真に収めました。

IMG_7466.jpgIMG_7467.jpgIMG_7468.jpgIMG_7469.jpg案内で、他の礎石はレプリカと聞きました。プラスチック製だそうです。ここは「中門跡」です。

IMG_7472.jpgこちらは「五重塔」が建っていた所です。この礎石に乗っても、レプリカとは分かりません。案内ではボコボコしてるとききましたが・・・。

IMG_7473.jpgこちらは、かつて「西金堂」が建っていました。実際に来て見て、その規模に驚かされますね。来て見て良かったです。

IMG_7474.jpg先程の「中門」の先には「南大門」が建っていました。ここでは礎石も復元されているので、当時の規模を思い知ることができます。

IMG_7471.jpg最後に、現在の「弘福寺」の全景を撮って、車に戻りました。暑いから全ての礎石跡を回ることはしませんでしたが、想像するだけで楽しいです。

ここには11時34分に出て行きました。当初の予定では石舞台古墳から高松塚古墳に行く予定にしてましたが、2箇所寄り道しました。次は高松塚古墳です。

【川原寺跡 弘福寺】

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