北陸唯一天守が残る日本100名城「丸岡城」へ

12月9日(水)は、友人と北陸の古寺や古社、そして久しぶりの100名城に行くため、早朝の5時30分に集合し友人の車で出掛けました。この時期の北陸は晴れることは稀ですが、天気予報では晴れと出てました。しかし、出掛ける頃は真っ暗で、空模様は分かりません。名神高速道路と北陸自動車道を経由する予定で、京都南ICから高速に入りました。

暫くは、真っ暗な名神高速道路を名古屋に向けて走ってましたが、次第に日が開けてきて「多賀SA(上り)」で最初の休憩を取るため入りました。

IMG_9878.jpgこの時、6時57分で薄暗いです。それと京都市内と違い寒いので震えます。トレイを済ませ早々に出て行きました。

多賀SA(上り)を出て名神高速道路の本線に入り、車を走らせていると途中から雨が降り出してきました。京都では12月入って、まだ雨が降ってません。久しぶりの雨降りでも直ぐに止みましたけど。名神高速道路から米原JCTから北陸自動車道に入ります。敦賀ICを超えると再び雨が降り出しましたが、これも直ぐに止みました。そして左手に日本海も見えてきます。そして「南条SA (下り)」で2度目の休憩を取りました。

IMG_9879.jpgここには8時6分に着きました。ここでもトイレ休憩と、福井の名物をざっと見ていきました。まだ、土産は買いません。

南条SA(下り)を出て、再び北陸自動車道に入り、丸岡ICで高速を降りました。高速を降りると、県道17号線(勝山丸岡線)を北に進むと、ほどなくして前方に目的地が見えてきました。今日の目的地は、昨年の山中城に登場して以来、久しぶりの100名城丸岡城へ登城するため遠路やって来た次第です。

CIMG5900.jpg丸岡城の駐車場に、8時45分に着きました。ここには1978年(昭和53年)11月7日以来、42年ぶりの登城です

CIMG5698.jpg会社の仲間と来たんですが、電車かバスかどうして、ここまで来たのか全く記憶がありません。

CIMG5699.jpgCIMG5700.jpgCIMG5701.jpgCIMG5702.jpg丸岡城は、8時30分に開城されているので、急いで坂を登って行きます。すると正面に天守閣が見えて来ました。

CIMG5809.jpg入城料は450円で、「丸岡城」「一筆啓上」「丸岡歴史民俗資料館」の共通券になっています。それでは天守閣に急ぎます。

CIMG5704.jpg入城料を払うと、坂を上がっていくと懐かしの丸岡城天守閣が見えて来ました。ここから写真撮りまくりです

CIMG5706.jpgCIMG5708.jpgCIMG5709.jpgCIMG5712.jpgまだ誰も居ないような様子だし、早く天守内部の写真を撮りたいと急ぐ気持ちを抑えて・・・

CIMG5710.jpg天守石段下にあったのは「(石製)」です。1948年(昭和23年)6月の福井大震災によって落下したものです。

もともと丸岡城の鯱は木彫銅板張りであったものを、1940年(昭和15年)~1942年(昭和17年)の修理の際に、石製の鯱に改めたものです。当時はは戦禍中で銅板の入手が困難だったからです。しかし1948年(昭和23年)6月の福井大震災により、落下してしまいました。現在天守閣の上にのっている鯱は、1952年(昭和27年)~1955年(昭和30年)の修理時に、もとの木彫銅板張りに復元したものです。

CIMG5713.jpgCIMG5716.jpgいよいよ石段を上がって天守の中に入ります。以前は・・・と言っても40年以上前ですが、天守の中に受付があったように記憶しています。以前、来た時は日本最古の天守閣とうたっていましたが・・・?。

丸岡城築城前、この辺りの拠点は丸岡城より東方約4㌔のところにあった「豊原寺」でした。豊原寺は、三千坊ともいわれる宿坊が立ち並ぶ大きな門前を有していました。1573年(天正元年)、織田信長は、当時越前を治めていた戦国武将である朝倉義景を討ち、居城があった一乗谷を焼き払いました。すると、豊原寺をはじめとしたこの辺りの一向宗の勢力が増したため、1575年(天正3年)再度織田信長が「越前平定」のため越前に攻め入り、豊原寺などの一向宗の拠点を焼き尽くしました。その後、柴田勝家の甥である柴田勝豊がその豊原の地に居を構えましたが、翌1576年(天正4年)「まるこの岡」と呼ばれていた現在の丸岡城の場所に城を移しました。天守は近年の調査結果から、寛永年間(1624年~1644年)に建造されたとされています。江戸・明治・大正と丸岡の町のシンボルだった丸岡城は、1934年(昭和9年)には国宝の指定を受けました。しかし、1948年(昭和23年)の福井大震災により天守が倒壊してしまい、現在の丸岡城は、当時の建材等を使って1955年(昭和30年)に再建されたものです。全国各地には、城やそれに関係する場所がいくつもありますが、現存する天守は全国で12しかなく、北陸では、丸岡城のみ。この丸岡城は、現存する最古の建築様式を有しているとされ、戦後に定められた文化財保護法で、天守は国の重要文化財の指定を受けています。

CIMG5718.jpgCIMG5720.jpgCIMG5724.jpg誰も居ないのでゆっくり散策できます。先ずは1階の「狭間(さま)」を見ます。狭間を通して外の紅葉が綺麗でした。

狭間は、天守の壁面に空いている小さな穴や小窓のことで、ここから石を投げたり、弓や鉄砲を撃つことができました。

CIMG5783.jpgCIMG5726.jpgCIMG5722.jpgこちらは「石落とし」です。転落防止のため、ここに乗ることはできませんが写真だけ撮らせて貰いました。

石落としは、ベランダのように天守から張り出していて、天守の石垣を登ってくる真下の敵に石を落としたり、弓や鉄砲を撃ったところ。

CIMG5784.jpgCIMG5785.jpgここでは「入側と窓」と題してパネルで説明が書いてありました。ここの側面ですが、開けたり閉めたりできます。私もやってみました

CIMG5781.jpgCIMG5727.jpg1階にあった「丸岡城」の模型です。今は天守閣しか残ってませんが、築城当時の様子が良く分かります。

CIMG5717.jpg次に2階に上がります。ご覧のように急角度のため、持ちたくないけどロープを持って登りました。本当に怖かったです。

CIMG5737.jpg外観は2階建てに見えますか、3階建てです。まだこの上にありました。2階部分もゆっくり見ていきます。

CIMG5738.jpgCIMG5777.jpgCIMG5743.jpgここにある本多成重は、越前丸岡藩の初代藩主で、本多重次の長男です。重次の通称は作左衛門で有名です。剛邁で怒りやすいので「鬼作左(おにさくざ)」と綽名されたことで知られています。なお、丸岡城の歴代城主は以下の通りです。

柴田勝豊(柴田勝家の甥)が豊原より丸岡に城を移しその後、城主は、安井家清(勝豊の家臣)・青山宗勝(勝豊病死のあと丹羽長秀の甥)・青山忠元(宗勝の子、関ヶ原で西軍に属し敗れる)・今村盛次(結城秀康の家臣、今村騒動により奥州へ遠流)・を経て1613年(慶長18年)に、本多成重に代わる。本多重能・本多重昭・本多重益・(お家騒動で領地没収、鳥取へ配流)。1695年(元禄8年)越後糸魚川から有馬清純が5万石で入城。有馬一準・有馬孝純・有馬允純・有馬誉純・有馬徳純・有馬温純・有馬道純で幕末に至る

CIMG5739.jpgCIMG5742.jpg2階には「入母屋波風」があって、小さな部屋になってます。ここから矢や鉄砲で狙い撃ちするのでしょう。

CIMG5746.jpg2階には他にも「矢狭間」があります。内側から外をうかがい矢を射るためにあけた小窓ですね。

CIMG5747.jpg2階から3階への階段は、ほぼ直角です。ロープ無しでは登れないです。怖いので友人に先に上がって貰いました。

CIMG5749.jpgCIMG5750.jpg最上階の3階まで登ってきました。急な石段を帰りは下ることになります。下りの方が怖いかも。

3階は回廊付の望楼。本丸から約18㍍、城山のふもとからだと約35㍍の高さ。四方の壁に大きな窓が穿たれ東西南北の景観を見渡すことができ、特に西方は日本海、三国の海岸まで見渡せます。

CIMG5767.jpgCIMG5758.jpgCIMG5770.jpgCIMG5757.jpgこちらは北の方向です。土地勘が無い人のために、方角が書いてありました。残念ながら日本海は見えなかったです。

CIMG5752.jpgこちらは東の方向です。東から太陽が昇っているので逆光ですが、何とか撮れました。

CIMG5774.jpgCIMG5765.jpgこちらは南の方向です。多分、丸岡ICの方向なんでしょう、逆光で少々眩しかったです。

CIMG5769.jpgCIMG5760.jpg西の方向です。現在、敦賀まで延伸工事中の北陸新幹線が見えています。日本海は見えませんでしたね。

1階も2階も3階も誰も居ないので、ゆっくり見られました。写真も一杯撮れたしね。朝早く家を出て、ここまでやって来て良かったです。ここからロープを伝って降りて行きます。

CIMG5776.jpgCIMG5734.jpgCIMG5733.jpgCIMG5788.jpgCIMG5789.jpg1階まで降りてくると、5名ぐらいの団体さんが居ました。内部は、じっくり見ていたのでこれで靴を履いて出て行きました。

先に丸岡城の登城を優先したので、まだ100名城のスタンプは押してません。それに共通券ですので、スタンプのあと「丸岡歴史民俗資料館」に行くつもりです。つづく。

【丸岡城】

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