古寺とお城の旅日記U

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zoom RSS 丹波路を行く 京都府福知山市 福知山城へ

<<   作成日時 : 2017/07/28 03:00   >>

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福知山市のシンボル「福知山城」には、過去2回来ているので当初の予定にはありませんでした。私がリクエストしていたのは綾部市にあり、再びOさんに綾部まで戻っていただく必要がありましたが、それはあまりにも申し訳ないので、福知山城を最後に案内して貰うことにしたんです。

福知山城の駐車場には12時45分頃に着きました。過去2007年(平成19年)8月17日(金)と2009年(平成21年)5月26日(火)に来ましたが、2回目は休館日のため入れなかったので10年振りの訪問と言うことになります。

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駐車場から歩いて福知山城の天守閣に向かいます。由良川の支流に架かる橋を渡り、天主に向け坂を上がります。

坂を上がりきると、そこには1986年(昭和61年)11月に再建された3層4階の天守閣が目に飛び込んできます。汗だくでここまで来て良かったと思う瞬間でした

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市民の瓦1枚運動などの熱意によって復元された天守閣の外観は忠実に再現されていますが、構造は鉄筋コンクリート造です。

この福知山城の石垣、よくよく観察すると上から二つ目の写真には、五輪塔や宝篋印塔、そして墓石まで使われています。

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そして光秀時代の石垣と江戸時代の石垣の堺も見て取れます。福知山城は多くの野面積みの石垣に、転用石を使用したことでも見て取れます。

こちらが天守閣の西側に位置します。昼から訪れたので観光客もそこそこ来られたましたが、人が途切れてくれました。その西側には銅門番所があって、唯一取り壊しを免れた建物です。

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ここからも福知山市街を見渡せます。明治に取り壊される前は、西にある福知山市役所あたりまで福知山城内だったことをOさんが教えてくれました。

福知山城の天守閣は、「郷土資料館」として福知山地方の歴史・文化財を紹介されてるので東側にある入館入口に回りこむと、嫌でも目に付く「豊磐井(とよいわのいど)」と呼ばれる大きな井戸があります。

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城内に井戸は当たり前のようにありますが、この井戸は深さ50bもあります。このため海面下7bに達していて、これほど深い井戸を掘削した労力はたいしたものです。

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天守閣東側から入ると、右手に受付があって、入館料320円を払います。外観は木造ですが、中は鉄筋コンクリート製・・・その点、物足りないです。

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現存天守閣で見られる急な階段を上がる・・・ことはありません。ただエレベーターが無いのでお年寄りには厳しいかも知れません。

内部は空いていますが数名の方が見学されてたので、私は一気に最上階まで上がりました。なお、Oさんは地元の方なので下で待たれてます。

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普段、エレベーターを使わないので一気に上がると、涼やかな風が吹き抜けています。天然の扇風機を"強"で回しているような・・・そんな強風が心地良いです。

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先ずはから、小天守を眼下に、遠くに由良川に架かる音無瀬橋が見えています。手前の建物は、福知山地方合同庁舎です。遠くには、先程訪れた大江山の方向になりますが・・・私には分かりません

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の方向です。右端にはJR山陰線に架かる鉄橋が見えていますし、手前の大きなアンテナは、福知山河川国道事務所の建物です。

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こちらは北西の方向ですね。NTT西日本京都支店福知山西別館の大きな中継アンテナと、グンゼ(株)福知山配送センターの建物が確認できます。

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最後が西の方向です。伯耆丸公園と福知山市役所の庁舎や京都地方裁判所 福知山支部建物。そしてJR福知山駅が見えています。かつて福知山城の城内はここまであったらしいです。

なお、南側には窓が無いので分かりません。このあと、展示物をスルーして上がってきたのでゆっくり見て回ることにしました。

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展示物は撮影禁止でした。歴史好き、お城好きには興味深いものがありました。また、石落としや鉄砲狹間も復元されてましたが・・・鉄筋コンクリート製ではね

下で、Oさんが暑い中、待たれているので、展示物を見てから外に出ました。帰りは釣鐘門から外に出て下に降ります。

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すんなり急でも無い石段を下ってきましたが、本来の石段は登りづらい降りづらい石段なんでしょう、これなら簡単に攻められそうです

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こちらは「福知山市佐藤太清記念美術館」で、福知山城の受付で共通券を勧められました。時間が無いので行きませんでしたが、"佐藤太清"なら行っても良かったです。

福知山城は、 1580年(天正8年)に、丹波平定に成功した明智光秀が丹波の拠点として新たに城を築いたのが始まりとされています。以来、 戦乱の時代、城主が交代する中、順次整備が進められ、1600年(慶長5年)頃に完成したようです。

歴代城主 明智光秀、羽柴秀長、杉原家次、小野木重次、有馬豊氏、岡部長盛、稲葉紀通、松平忠房、朽木稙昌、朽木稙元、朽木稙綱、朽木稙治、朽木玄綱、朽木綱貞、朽木舖綱、朽木昌綱、朽木倫綱、朽木綱方、朽木綱条、朽木綱張、朽木為綱が最後の城主。

ここを出たのが13時10分。今日は一緒に回っていただいたOさんは宿直勤務だったのに、お付き合いしてもらいました。さすがに今から綾部まではと思い、ここからJR「福知山駅」まで送って貰えるようにお願いし福知山城からJR福知山駅まで5分ぐらいで到着。そこで、大江の"鬼饅頭"買おうと思いましたが、あまりに大きいので、普通サイズの饅頭をお土産に買いました。それで13時46分発の「特急きのさき16号(京都行)」で鉄道好きの私には念願の特急に乗車し帰路に着きました。大変楽しい一日で、いろいろ案内していただき、ありがとうございました

【福知山城】

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