坂本龍馬ゆかりの寺田屋へ

月桂冠大倉記念館を出て、次に向かったのが、坂本龍馬でお馴染みの旅籠・寺田屋です。 大倉記念からは3分。京阪・中書島駅からは歩いて5分ぐらいです。

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ぼんやり歩いていると思わず通り過ぎてしまうところでした。もう少し距離があると思い込んでたので。

この寺田屋が、当時から残っているのか?建て替えられたものか?論争がありましたが、1868年(慶応4)の鳥羽伏見の戦いで、この一帯は激戦地となり、かつての建物は焼失したことを京都市が確認しました。現在の旅籠は旧宅にならう形で明治期に建てられたという。

再興された旅籠の東は庭園となっており、先にこちらを見学。

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突き当たりに、「薩摩九烈士碑」があり、その手前に龍馬像が

近寄って,拡大すると

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土佐・桂浜にある龍馬銅像に比べて、随分小さい。

そして、この石碑が「薩摩九烈士碑」です。

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寺田屋事件その①とは、1862年(文久2)倒幕を計画する薩摩藩急進派と他藩士達が寺田屋に集結する。これを知った薩摩藩主・島津久光が鎮圧させようとするも斬り合いとなり急進派9名が犠牲となったもの。明治維新後有史によって、この碑が建てられた。

旅籠の中も見学できるようで、せっかく来たので入ってみました。

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入口の前にも「薩摩藩士九烈士」の石碑がたっています。見学時間は、10時~16時 見学料 400円です。

入ると、先ず2階へ上がるように案内されます。龍馬ファンが沢山訪れていました。

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特に固まっての見学ではなく、説明はありません。階段が狭いので、登りと下りとに別れているんです。

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龍馬愛用の一室「梅ノ間」。薩摩藩の紹介で、京の常宿として利用していた。幕府役人に襲撃されたのものこの部屋に泊まっている時であった。

寺田屋事件その②とは1866年(慶応2)1月24日の午前3時頃、伏見奉行所の幕府役人に襲撃された負傷を負いながら龍馬は、ピストルで応戦し追っ手をかわし、裏階段から庭に出て、隣家の雨戸を蹴破り裏通りに逃れ、薩摩藩に保護される。

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どの部屋も龍馬一色。今でもここは素泊まりできます。料金は、6500円、朝食付きは、追加500円。

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写真右側の階段を上がってきます。そして案内では、写真に写ってる部屋から見学とありますが、どの部屋から見て廻ってもかまいません。

そしてこの後、1階に降ります。一旦降りた見学者が,再び階段を上がってきて「お龍さんは、こうして上がってきたんか」と言ってます。なんのことか? 降りたら分かりました。

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1階には風呂場があり、お湯に入っていたお龍さんは、奉行所の捕方に気付き裸のまま、階段を駆け上がるんですね。

その階段がこれです。

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龍馬ファンは、実際に階段を上がって体験してました。

でも、よくよく考えたらこの建物は再建で、龍馬時代のものでは無いですけど。

1階のお登勢さんの部屋

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この女主人・お登勢さんの部屋。当時は、大阪と京都を結ぶ「三十石船」の船着き場近くにあった寺田屋。大忙しの日々であったと伝わっています。

見学が終わると出口は、庭園に出ます。そこで面白いものを見つけました。

坂本龍馬とお龍さんを結んだ寺田屋の女将・お登勢さんの百年祭を記念して、寺田屋保存会によって建てられた、お登勢明神です。

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たくさんの絵馬が奉納してありますが、芸能人のロザン・宇治原さんと優木まおみさんのがありました。何かの番組で多分来られたんでしょう。

龍馬ファンが多いのか、次から次から見学者が入ってきます。東京の姪も行きたいと言ってた寺田屋。現存してたらよかったけど、それでも雰囲気はなんとなく分かります。先に言った月桂冠大倉記念館で飲んだお酒で、少しほっこり。

この日は、月桂冠大倉記念館寺田屋だけ行きましたが、まだまだ伏見は見所がありますので、再訪したい。


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  • 龍馬襲撃事件の旧跡 寺田屋へ

    Excerpt: 大蓮寺から歩いて2分ぐらいで、坂本龍馬ゆかりの寺田屋までやって来ました。時計は10時になってて、次に行く予定だった所の開店時間が10時30分でしたので、後30分ここで時間つぶしすることにしました。 Weblog: 古寺とお城の旅日記Ⅱ racked: 2016-11-03 07:00