がんこ 高瀬川二条苑で昼食 源流庭園へ

寺町 阿弥陀寺を出たら流石に、お腹がすいてました。本当は、ここからほど近い京料理の老舗 下鴨茶寮に行きたかったんですが人気店のため予約が取れず、いろいろ探した結果、ここからタクシーに乗って、がんこ 高瀬川二条苑に行くことにしたんです。

ここを選んだ理由は、ただ一つ。「庭園を見たい」からです。

高瀬川の源流で,角倉了以の屋敷跡,そして山縣有朋とゆかりがある七代目小川治兵衛が作庭した庭園として知られ、森鴎外の小説「高瀬舟」の舞台にもなっています。所有者は転々と変わりましたが、みそそぎ川から流入して高瀬川へ向かう豊富な水の流れに当時の面影が残されています。


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門前には、ここがかつて、豪商・角倉了以の屋敷跡だったこと示す石碑が立っています。この前に流れてる高瀬川を私財を投じて開削したことで知られています。

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ここの玄関の前にも石碑があって、山県有朋の別邸があったことを示し、第二無鄰庵とも書いてあります。かつて別邸があったとろです。

前から来たかったところですが、初めです。団体客も多く館内はお昼を過ぎてましたが、多くの人で賑わってました。「少し待たされるかなぁ」と思いましたが、ずくに呼ばれ席に着き、高瀬川御膳(\2037)を注文。ほどなくして料理が運ばれてきました。

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運ばれてきたとき蓋があって、それを取れば食べられます。食後には珈琲が出てきました。

食べ終わると終わるとお待ちかねのお庭です。以前から気になってことですが、食事をしないとお庭が見られないのは、何故だろうと思っていたんです。答えは、靴を脱いでお店に入らなければ庭に降りられないシステムだったんです。

がんこ二条苑 高瀬川源流庭園

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庭用のスリッパに履き替えて庭に降りると最初にみるのが、この風景です。右の灯籠は、干支灯籠と呼ばれています。

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少し歩くと先ほど食べてた部屋に出ました。手前に鞍馬石がありますが、まだ、食事されてる方もおられるので、近くには寄りにくかったですね。

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この当たりは、小堀遠州によって作られた茶庭が、そのまま残されています。

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豊臣秀吉が好んだ金の茶室と同じ形式の中板三畳の茶室がありました。手前の竹は、クロチクです。

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先ほどの茶室から流れ出る支流で、水質をよく響かせるため、さざれ石が使われています。

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このまま庭園の奥に進むと、高瀬川の源流が見えてきました。ここから高瀬川が始まってるんですね。

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その源流付近から見た下流で、ほぼ庭園全景です。

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もらったパンフレットには、日本一巨大な灯籠と書いてありました。吾妻屋風灯籠で支柱は御影石、全体は庵治石でできてるそうです。あまりに巨大で驚きました。

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そこまで登ると東山連峰比叡山が綺麗に見渡せます。

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これから高瀬川を下っていきますが、吉野石を使った石橋が見えています。

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一枚岩の滝で、東山から流れる高瀬川が滝のように流れるイメージで作られました。

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庭園を見学し、戻る途中にサギが飛んできました。

およそ400年前の1611年(慶長16)に角倉了以によって作られ庭園は、明治の元勲・山縣有朋の別邸「第二無鄰庵」となり、この時に七代目小川治兵衛によって改修されました。その後、第三代日本銀行総裁・川田小一郎の別邸、阿部市太郎の私有を経て、現在は大岩邸となり、がんこ二条苑高瀬川源流庭園となっています。

庭園を見て玄関まで戻ると庭園のパンフレットがあることに気づき持って帰りました。それを見て、まだ見てないところもあるので、また再訪してゆっくりパンフレットを間ながら散策したいと思っています。

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