白洲正子著「かくれ里」にも登場した禅定寺へ

京都駅から1時間もかけてやって来たのは、宇治田原町の山里に佇む禅定寺(ぜんじょうじ)です。

バスを降りると交通量の多い府道を渡ります。バスの運転手さんやバスガイドが左右を見て合図してくれたので、安心して渡れました。11時20分に着いて、出発予定時間は12時00分です。

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こんな山里の府道と思われるでしょうけど、トラックの交通量が多いんです。危ない危ない

横断歩道を渡ると「禅定寺」の石標が。何故か傾いてました。

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この石標から緩やかな石段を登ります。そしたら表門を目にします。

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約20名弱がバスガイドさんのあとをついて行きます。特に先頭を歩いてた訳ではりありまん

次ぎに正面に仁王門。左手に収蔵庫を目にします。宝物殿は、最後に住職さんの案内があります。その時に

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宝物殿を通り過ぎて、仁王門前に着きました。道路が渋滞してて到着が遅れたのかも知れませんね。先に住職さんが本堂で待っておられたみたいてす。

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ゆっくり見る間がなかったので・・・多分・・・仁王像あったのかなぁ・・・。

仁王門をくぐるとガイドさんより「朱印を依頼される方は、寺務所でお願いします」と案内されたので、急いで出しました。

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拝観受付はガイドさんがしてくれますが、拝観料500円 9時~16時と書いてありました。しかし、境内には私ら団体の姿だけです。

朱印帳を出したのは私だけで、皆さん先に本堂に入られました。

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堂内に入ると、早速住職さんの法話が始まりました。

禅定寺は、正式には白華補陀落山観音妙智院禅定寺(びゃくげほだらくさんかんのんみょうちいん)と言います。991年(正暦2年)から5年の歳月をかけ、東大寺の53代別当であった平崇(へいそ)上人によって、十一面観音像を安置し華厳宗として創建されました。1071年(延久3年)藤原頼通(道長の子)の時代に平等院の末寺となり華厳宗から天台宗に変わりました。創建時代の建物は南北朝時代の戦火によって焼失。禅定寺の復興は、江戸時代の1680年(延宝8年)加賀国大乗寺の月舟(げっしゅう)禅師を迎えることで再興を果たします。月舟禅師に深く帰依していた加賀藩の家老・本多安房守政長の援助を受け、諸堂が再興されました。それにより天台宗から福井県永平寺を本山に曹洞宗に改宗され今日に至っています。

話が終わると最後に収蔵庫の案内まで、自由に拝観で、堂内も撮影できました。

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本堂には釈迦如来立像が安置されてました。

そして本堂の裏に回ると、防護壁に描かれた大涅槃図を目にします。

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横45メール。縦8メートルの巨大な涅槃図は、1999年(平成11年)4月8日に、開眼法要されました。

本堂の裏側に回ると、そこには開山堂がありました。

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これ以上奥へは進めませんでした。

そして、最後に本堂裏の庭園です。

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私みたいに、ゆっくり見学派には時間が足りないです。皆さん次の観音堂に向かわれ、気が付いたら本堂には誰も・・・いない。

本堂の隣の観音堂に向かう前に、少し下がって茅葺きの本堂を撮りました。

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江戸時代に再建されてから変わらぬ姿で建っていますが、ガラス戸はサッシでした

今は珍しくなった茅葺きの本堂の横には観音堂(圓通閣)がって1797年(昭和49年)までは、堂内に仏像が安置されてましたが、現在は収蔵庫に移られています。

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重要文化財の十一面観世音菩薩が、ここに安置されてたんですね。現在は南北朝時代の仏像(指定なし)が安置されてたのでお参りさせてもらいました。

観音堂の横には、お馴染みの賓頭盧尊がありました。自分の直してほしい箇所を優しく撫でできました。

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観音堂の右隣には、十八善神を祀る十八善神堂がありました。

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禅定寺の鎮守社で、縁結びの神様が祀られてるそうです。これは先ほどの住職さんが話されてました。

十八善神堂から見た茅葺きの本堂です。

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ここは交通の便が悪くて、中か行ける機会がありませんでした。このツアーで見つけ来て良かったです。

境内の片隅にあった鐘楼堂です。この禅定寺は、少し高台にあるので見晴らしは良かったです。

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その奥には、浩宮殿下御参拝記念植樹がありました。

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1980年(昭和55年)3月16日(日)禅定寺に来られ、古文書や仏像など見学されたようで、その時に植樹されたのでしょう。

皆さん次ぎに宝物館に向かわれたので、知らぬ間に境内は私だけに・・・それでも本堂前の前庭は撮りました。

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前庭の中央に赤いカエデがアクセントに、綺麗な庭を演出しています。もう少しゆっくり散策したいけど・・・時間が無い・・・。

こちらは手水舎です。次ぎいつ来られるか分からないのて、一通りは撮って行きます。

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手水舎の前にも、よくよく見ると小さな鎮守社がありました。

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奥には鐘楼堂と、前庭にあった橋が見えています。

これで宝物殿に行こうとしたら、禅定寺五輪塔が目に入りました。

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南北朝時代の「康永壬牛12月4日」と刻まれている。干支からは1342年(康永元年)のものであり、大和の特徴を備えた貴重な石造物である。(案内板より、宇治田原町文化財指定)

当然最後に宝物殿に入りました。住職さんの案内は始まったばかりのようでした。

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収蔵庫だと思ってましたが、住職さんが本堂での案内で宝物館と言われたので・・・。

国宝の十一面観世音菩薩像は全国に7体あって、大阪府藤井寺の道明寺・滋賀県長浜市の向源寺・京都市の六波羅蜜寺・京田辺市の観音寺・奈良県桜井市の聖林寺・奈良県宇陀市の室生寺・奈良市の法華寺ですが、8体目の国宝に、禅定寺が申請中だそうです。高さ3メートルもある巨大な仏像で、昨年京都国立博物館での「南山城の古寺巡礼展」で、光背(こうはい)を外された姿で出展されました。そのため宝物館で見る姿は違って見えました。十一面観世音菩薩(重文)の他には、四天王立像(重文)・文殊菩薩騎獅像(重文)・日光菩薩(重文)・月光菩薩(重文)など収蔵され、一体ごとに説明をいただきました。

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『南山城の古寺巡礼展』ポスターで、表紙を飾ったのが禅定寺の十一面観世音菩薩でした。現在、宝物殿内で見るお姿は、光背があるので、展覧会でのお姿より趣が違って見えます。

これで禅定寺での予定は終了で、皆さんバスに戻られたりトイレに行かれたりして駐車場に戻りました。また府道を渡るので、ガイドさんが左右を見てくれました。駐車場には、お地蔵さんもありました。

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バスは、予定どおり12時に出発し、再び宇治市内を目指します。太夫バスもデラックス仕様でゆったりできます。

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帰りは行きと違い、天ヶ瀬ダムの前を通ってくれました。本当に小学生時の遠足以来かも知れません。半世紀ぶりに見る天ヶ瀬ダムは、大変懐かったです。つづく。

【禅定寺 本堂】

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