第40回 京の夏の旅 文化財特別公開 生谷家住宅へ

上御霊神社から上御霊前通りを西に、途中猿田彦神社の寄り道を経て、烏丸通りを渡り、再び上御霊前通りを西に進むと突き当たりに看板が見えてました。第40回 京の夏の旅 文化財特別公開 生谷家住宅(いくたにけじゅうたく)です。

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今年の夏の旅で、唯一未訪問だったのが生谷家住宅です。未訪問と言うより、その存在すら知らなかったのが事実です

地図は頭に入れてましたが、烏丸通りから見えたので・・・迷うかと心配してたのが嘘みたいです。本当は10時に入りたかったんですが、寄り道したので仕方ないです。先ずは入る前に外観を観察です。

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烏丸通りの信号が長くて・・・青に変わって歩きだしたら、結構な人が上御霊通りを西に進まれました。皆さん生谷家住宅に行かれるものと思ったら・・・素通り・・・おかげで外観の写真はゆっくり撮れました

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詳しいことは、後程ガイドさんから案内がありましたが、「(よろず)や」の屋号で青物問屋を営んでいた旧家で国登録有形文化財に指定されています。

入ると右手に受付があって、そこで拝観料600円を納めます。そして奥に進むように案内されますが、その前に「写真は何処まで撮って良いですか」と尋ねたら「何処を撮ってもらってもOKです。」と答えをもらいました。私の事前の取材では分かってましたが、途中で変わる事もあるので、聞いてみたんです

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写真手前が受付の部屋で、その先の奥に行き、そこで靴を袋に入れて上がります。今年の夏が暑かったので、涼しくなる・・・この日を待ってました

上がったところは中の間(長四畳)と奥が次の間(六畳)です。

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ここを上がって左の座敷でガイドさんから案内がありますが、既に始まっています。それなら誰も居ない様子だったので、先に写真を撮りまくりました。

1階と2階をくまなく撮影して、2階を撮影してたら下から上がって来られたので、代わりに降り、座敷に入って案内を聞きました。

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外のお庭を見ながら話を聞きました。幸い私ら夫婦だけでしたので、ゆっくり聞けました。それより蚊が飛んできて・・・参った

2007年(平成19年)に有形登録文化財に指定された生谷家住宅は、豊臣秀吉から「万(よろず)や」の屋号を拝領し青物問屋を営んでいた旧家で住居として使われていました。北山杉丸太を多く用い、駒寄せに出格子、虫籠窓など京町家の特徴を備えた主屋は、3度火災に見舞われました後、江戸末期に建てられたもので近年修復工事が行われました。尾形光琳屋敷地内にあったという石を中心に据え、「光臨(こうりん)の庭」と名付けられた枯山水の庭が作られています。今回は、幕末に新選組が発注した刀剣、兜、勝海舟や山岡鉄舟の軸など所蔵品も展示されています。

案内がお終わったら後は自由です。前途した通り私ら夫婦だけでしたので、誰にも邪魔されず写真は撮れました。先ずは先程案内があった光臨の庭からです。

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建物の西側から北側に作られたお庭です。上の写真が北側で、中と下の写真が西側から撮りました。

蚊が入ってくるので網戸がしてありましたが、撮るときだけ少し開けました。先程掛け軸の説明もありましたので、こちらもじっくり鑑賞です。「介然」市河米庵(1779~1858)江戸後期の書家の作品です。

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1階の最後は道路に面した東側ある茶室です。四畳半の広さ。吊床で町屋の出格子を出書院として生かされています。

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ここで和菓子のサービスがあっても良かったかも。ただ暑いので食べる気は起こらないかも

これから2階へ上がります。私は先程写真を撮りに行ったので、2度目ですが、上がると先の方がまだ見学されてました。先に写真を撮りに行って良かったです・・・と思ってたら入れ替わりに降りて行かれました。それで2階も・・・独占です。2階に上がると先ずは次の間を撮りました。

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2階にもガイドさんがいましたが、特に案内はありませんでした。ここに上がって来た階段は急でしたね・・・後で分かりますが、一方通行になってました。

私も、古い京町屋に似た家で育ったので、慣れてます。その奥が座敷で十畳の広さがありました。ここもいろんな展示物があるのでゆっくり見て回ります。

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下の写真の掛け軸は、案内にると「松平定信」(1758~1828)白河藩主で、老中首座となり寛政の改革に尽力した人物。

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こちらの掛け軸は、右が山岡鉄舟。左が勝海舟でした。書いてある文字は、分かりやすいように案内に書いてありましたが、ここでは割愛します

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2階から光臨の庭を見てました。さすがに、ここでは窓を開け事はやめました。展示物が多いので、ここでも案内が欲しかったですね。

最後が屋根裏部屋です。ここが展示室になってました。頭に気をつけて暑い中展示物を見て行きます。そして下で案内のあった・・・刀を探しました。

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この刀が、新撰組が注文したのに、取りに来られなかった・・・曰く付きの・・・刀・・・だそうです。詳しい事は分かりませんが、記録に残ってるそうですね。

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幕末で混乱したのでしょう、結局取りに来られなかったようですね。要するに、この刀は真剣と言うことで・・・恐っわ。

この屋根裏部屋の奥に下に降りる階段があって、こちらは下り専用の階段になってました。こちらの階段は、登りより広く作られてました。公開に向けて作られたのでしょうか。知りませんが

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降りると、その奥におくどさんがありました。今の言葉で言うと台所ですが、私の子供の頃も、使って無かったけどありました。

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薪で焚いた御飯は美味しいでしょうね。会社の入ったころのキャップで飯盒炊爨でいただいた経験はありますが、美味しかったのを覚えています。

その奥を覗くと井戸がありました。見たところ・・・新しいそうで・・・ここを修復された時にでも作られたのか・・・ここも修復されたのか分かりません。

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これで隅々まで見て行きました。これで生谷家住宅を出ようと・・・表に出ようとすると・・・ガイドさんに呼び止められました。入口付近に展示してあったので、当初から気にはなってたんです。早い話がままごとセットらしいです。

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この時代にままごとセットがあるなんて・・・よほどのお金持ちだったんてすね。ガイドさんも話されてました。まぁ・・・貴重なものを見せていただきました。

これで生谷家住宅を出ました。前途したとおり、今年の夏の旅の唯一の未訪問だったので、是非行きたかったので納得です。年々夏の旅がしょぼくなってきて・・・物足りなさが続いているのが残念です。

余談ですが、ここを出て烏丸通りから地下鉄「鞍馬口駅」に行く途中、烏丸通りに京都定期観光バスが止まって、中からたくさんの団体さんが出て来られました。ほぼ定員一杯の観光客が乗ってかと思われるほど降りて来られバスガイドさんを先頭に歩かれます。土曜日だし、多くの人が京都に来られたんだと思いつつも、こんなに一杯の人が多分と言うか絶対、これから生谷家住宅に行かれるんでしょうけど、「いっぺんに入れるんかいなぁ」と思ってしまいました。それに2階の床は大丈夫かなぁ・・・とも。変な心配をしつつ、良いタイミングで行ってラッキーでした・・・狙った訳ではありませんが・・・やっぱり最初の病院で少し疲れてしまいましたので、これで帰路につきました。

【生谷家住宅】

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