泉涌寺 七福神めぐり 弁財天お参り(第2番 戒光寺 弁天堂)へ

即成院を出て(実際は出ないで、即成院の境内を通って)泉涌寺 七福神めぐり 第2番 泉涌寺塔頭 戒光寺(かいこうじ)に向かいました。

即成院のお隣で歩いて2分もかかりません。実際には山門は帰りに通りましたが、事前に撮影しておいた山門から入ったことにします。

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本日の集合は即成院でしたが、戒光寺ともう一つのお寺は近辺にあったので、事前に撮影を済ませて置きました

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写真中央の赤い鳥居の右に写ってる細い道が、即成院から登ってきた参道です。この時は、戒光寺の境内から弁天堂を撮っただけでした。

即成院から次ぎに弁財天のお参りです。ただこちらの弁財天像は秘仏のため、見られないことを事前に聞いてました。

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ここでは会員さんが一列に並んでお参りしました。サプライズで開扉・・・無かったですね。秘仏ですから仕方ないです。なお、由緒書きによると、1月の成人の日と11月3日の弁財天大祭には、特別開扉をされるという。

先程即成院もそうでしたが、ここ戒光寺も泉涌寺七福神巡りの幟が出ています。実際には1月11日(月・祝)の成人の日に終わっていますが、この日のイベントに合わせて泉涌寺の方で立てられたみたいです。気合いの程が分かります

ここで次ぎに・・・では無かったです。スタッフの案内により本堂へ上がるとことになりました。(前途のとおり私は、イベント前に訪れて、既に本堂にも入ってました

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ここの本堂に入るには拝観料は必要ありませんし、特別拝観もありません。ゆっくりお参り出来ます。

スタッフの方に紹介され出て来られた住職さんは、見覚えがありました。昨年9月23日放送の関西テレビ放送「よ~いドン!」 のコーナーで「となりの人間国宝さん」がありますが、レポーターの織田信成さんが戒光寺に来られ住職さんと話されてたのを覚えました

1228年(安貞2年)後堀河天皇の勅命により八条大宮のあたりに建立されたのがはじまり。しかし、応仁の乱で堂宇は灰燼となりますが、本尊の釈迦如来立像は無事で、一条戻り橋の元誓願寺に辺りに移転、さらに三条河原町に移転するも1645年(正保2年)に現在地に移転されました。

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本尊の釈迦如来坐立像(重要文化財)は、高さ5.4㍍もあり、世に「御身代わりの丈六さん」と呼ばれ親しまれています。後水尾天皇が襲われ危うく一命を落とされようとなった時、その釈迦如来像が立ちはだかったそうです。その証拠に首元にある刀傷と血の跡です。

住職さんのお話は楽しかったです。テレビに出られただけのことはあります。やんわりお寺の宣伝もされたので、買って帰りました

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再び本堂の外に出て、スタッフの方が数を確認され、次へと出発することになりました。手水舎は本堂前にありました。

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前途のとおり、「となりの人間国宝さん」のシールが門前に貼られてました。私も、たまたま祭日(月~金 10時から放送)で見てたので、覚えてました。

ここには13時2分に入って、門外に13時30分出てきました。次は番外の寺院に行く予定となっています。

【戒光寺 弁天堂】

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