2017年(平成29年) 京都十六社朱印めぐり 御霊神社(上御霊神社)へ

わら天神宮を出て西大路通りを北上します。直ぐに世界文化遺産の金閣寺がありますが、バス停に外人さんが一杯。冬の閑散期でも関係ないようですね。次ぎに北大路通りを東に進むと、途中に今宮通りがありますが、今日は今宮神社には行きません。烏丸通りまで東に進み、そこを右折し南下し直ぐに鞍馬口を東に進めば御霊神社上御霊神社)が見えて来ます。

車は南門から境内に入れます。何回もシミュレーションして参拝者は境内に車を止められることを確認しました。

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伏見城の遺構とされる四脚門ですが三度目の正直でやっと写真を撮れました2015年9月2016年2月に来ましたが、人が屯していて撮れなかったんです。

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車は車止めがある、この手水舎の右側に止めました。私が止めた時は1台だけでしたが、出て行くときは2台に増えてました。この南門から車を入れるのは最初、勇気がいりました。

ここも本殿前に参拝者がおられたので先に“京都十六社朱印巡り”の朱印をいただきに社務所を先に訪れました。

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もう、ここは三回目だし場所は頭に入っています最初の時は呼鈴を押しましたが、“京都十六社朱印巡り”の先は誰かが座っておられるので呼鈴を押す必要はありません。

今日は西門は通らなかったので以前の写真ですが、こちらが多分・・・正門でしょうね。門前には「御霊神社」の社標もありますから。

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寛政年間(1789~1801)に再建された楼門です。石造りの大きな鳥居もあって、殆どの方はこちらから入られます。

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西門をくぐる(今日は通ってないので社務所の次ぎに))と目の前に大きな手水舎があって、こちらを使いました。

石畳の参道を進むと正面に拝殿があり、上の写真が西側、下が東側から見ています。四隅には大きな酒樽が奉納されてました。

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東側の生花で、お正月らしい雰囲気があり撮りました。左は、宮中歌会始の御題「野」に因んだ嵯峨流のお正月花。中も右も嵯峨流と書いてありました。

本殿前が空いたのでお参りしました。2015年9月2016年2月に来てるので詳細は良いでしょう

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拝所から本殿を見ると、ここにも随神(西門にも)が護られていました。お賽銭を入れて手を合わせて・・・今日の予定は終了です。

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止めてある車は、絵馬所の奥です。そちらに戻ろうと考えましたが、境内を一周することにしました。ただ昨年詳しく書いているので、今回は感想だけ

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花御所八幡宮ですが、昨年の秋に石清水八幡宮に行ったので、「八幡宮」の扁額を注目しましたが・・・八の文字は・・・鳩の形をしていませんでした。

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先程の花御所八幡宮ですが、西門前には小さな石標もありました。それに連なる38社が併祀された長い長い社殿が境内北側に続きます。

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そのまま境内の北側を東進むと、東北角に嚴島神社があります。安芸国宮島で有名ですよね、ここでお参りできます。

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次ぎに東側に移動・・・本殿の裏側にあたります。そこには神明神社があります。鳥居右横に小さな石標があるので分かりました。

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そのまま東に進めば、多分・・・神輿なんか納められてる倉庫なんでしょうね・・・推測の域は出ませんが・・・。

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さらに東に進んで境内の西側に出ます。すると泉南角に福寿稲荷神社があって稲荷社の特徴である赤い鳥居が社殿まで続きます。

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最後は神馬舎(しんめしゃ)だと思いますが、最初に紹介した伏見城の遺構である南門の左手・・・境内の南西角にありました。.

境内散策の最後は詞碑歌碑句碑巡りです。と言っても以前もしましたが・・・

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富士谷御杖 詞碑」は江戸時代の著名な国学者で詩は本殿造営(文政年間)に際し励ましのため寄せられたものです。詩碑は本殿前南側にあります。

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新谷日本の言語学者で「新村 出(しんむら いずる)の歌碑」です。「上御霊のみやしろに 詣でてよめる 千早振神のみぐみ深くして 八十ぢに満つる幸を得にけり」と、1956年(昭和31年)に詠まれました。

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俳聖松尾芭蕉の句碑」1690年(元禄3年)上御霊神社に参詣したとき「半日は神を友にや年忘」の句を奉納されました。

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車に戻る途中、本殿前を通ると写真では大きさが分かりづらいでしょうけど、凄く大きな石灯籠がありました。左の灯籠が普通サイズですので、その巨大さがお分かりでしょう。

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ここから追記。2018年(平成30年)に訪れてみて分かったことですが、「応仁の乱550年」を記念し、勃発の地である御霊神社(上御霊神社)境内に石碑が建てられていました。

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境内には数名の方が次ぎから次へと参拝に来られててました。そのため、ここには10分足らずで再びあの南門から出て行きました。

ここは「応仁の乱」発祥の地でもあるんですよね。ここはかつて“御霊の森”と呼ばれるほど木々に覆われてた広大な森だったようです。ここに1467年(応仁元年)畠山政長は自邸を焼いて御霊の森にたてこもり、同族の畠山義就と戦います。これが応仁の乱の起りで、合戦はその後11年も続くことになって京の町も焼き尽くされました。上御霊神社は応仁の乱発端の地でもあるんです。

ここから車で真っ直ぐ家に帰り所用のある15時30分には充分間に合いました。夕方まで時間があれば、もう少し廻れたんですけど・・・“松の内”までには満願達成と行きたいです。

【御霊神社(上御霊神社) 本殿】

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