京都府南丹市八木町を散策 細川勝元ゆかりの龍興寺へ

10時33分に春日神社を出ましたが、10時34分には細川勝元が創建したと伝わる龍興寺に着いてしまいました。

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「臨済宗 龍興寺」と書かれた大きな石標が山門前に建っています。道が狭いかと心配でしたが、そうでもなかったです。

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参道を進むと山門があって、さらに奥へと進んで行きます。門前に境内図がありましたが、どうも参道の両側は“牡丹”と思われますが・・・。

参道を奥に進むと、「鐘楼」があります。ここには“由緒”の記載がある駒札がありませんが、この鐘楼の案内文だけありました。

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先ず、梵鐘は戦時中に供出されたましたが、1747年(延享4年)の銘があったそうです。1786年(天明6年)に本堂が再建時に、この鐘楼も建造されたものと推定され南丹市指定文化財となっています。

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鐘楼から中門を入ると、左手に「手水舎」。右手に「客殿」。そして突き当たりに「庫裏」があります。客殿は、普通の家のようでしたので写真は撮りませんでした。

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庫裏の先にも門があって、そこを潜ると雄大な「本堂」がありましたが、どうも中に入ることはできないようで、堂内の様子は分かりません。

1452年(享徳元年)細川勝元の香華寺(こうげじ)として建立された臨済宗妙心寺派の名刹。八木城主内藤家の菩提寺で、京都三龍(龍安寺、龍潭寺、龍興寺)のひとつに数えられています。七堂伽藍が整い、鐘楼は古く18世紀中頃のものといわれています。

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本堂前庭」は綺麗に手入れされてるように思えました。国道9号線沿いにあった看板“細川勝元ゆかりの・・・”を探しましたが・・・無かったですね。

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さらに奥には墓地がありますが、“睡蓮池”沿いの「辨財天」まで行きました。また、階段は登りませんでしたが「如来塔」もありました。

今度は、本堂の裏側に行き、この龍興寺でもっとも奥まで進みます。先に“境内図”を見て興味を持ったからで・・・。

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「織田 信包(おだ のぶかね)供養塔」と境内図には書いてありましたが、ここの文字は掠れて読めません。信包は、諸説はあるみたいですが織田信長の弟にあたるんですね。

何故、ここに供養塔があるのか分かりません。それより、この先は山ですし獣が怖かったのも事実で早々と退散しました。

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帰りは一気に降りてきました。由緒に“七堂伽藍が整い”とあったように、想像以上に規模は大きかったです。

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なお、駐車場の前には「梅園」がありました。春には綺麗に咲き誇るのでしょう、でも再訪までは・・・考えてないです

ここには10時55分頃に出て行きました。この日の目的は最初に行った“小松寺”と次に行くレストランでした。そのレストランの開店時間をスマホで確認するのに時間がかかって・・・同じ八木町にある思い出のレストランにこれらか向かいます。

【龍興寺 方丈】

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