迎春準備中の北野天満宮を訪問【後編】へ

北野天満宮の本殿を参拝したあと、「北門」から出ました。

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何度も訪れてる北野天満宮ですが、“北門”は初めて来てみました。ちなみに、ここから直ぐの所ににあるのが平野神社です。

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その門前に建っている「五世伊達彌助顕彰碑」です。西陣織の発展貢献したことで1895年(明治28年)に建てられました。

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こちらは「松永伍作氏顕彰碑」です。蚕業の発展に尽くした功績で1910年(明治43年)に建てられました。

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北門から再び入り、最初の末社が「文子天満宮」です。以前、東本願寺近くにある文子天満宮は訪問しました。道真公の乳母といわれる多治比文子(たじひのあやこ)が天神として一番最初に道真公を祀った場所です。

次に本殿裏まで来ると、北野天満宮境内でもっとも古く、創建以前からあった神社と言われている摂社「地主神社」が建っています。

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祭神は、天地すべての神々「天神地祇(てんしんちぎ)」が祀られています。平安時代初期、第54代仁明天皇の時代に北野の地主神を祀ったのが始まり。

なお、楼門から本殿は一直線に結ばれていますが、北野天満宮では、元々あった地主神社の境内に天神様の本殿が造られたため少しずれて建てられました。

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その西側が末社「老松社」です。三光門前に摂社があったのと同じ神社のようで、祭神が島田忠興翁、植林・林業の神様です。

その西側が末社の「12社」です。一つ一つに扁額が架かっているので西から神社名を見ていきます。参考までに「神社名(祭神名)」です。

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「崇道天皇社(崇道天皇)」「吉備大臣社(吉備真備(きびのまきび)」「櫻葉社(伊予親王)」「白太夫社(渡会晴彦翁)」「老松社(島田忠興翁)」「太宰小貳社(藤原広嗣)」「淳仁天皇社(第47代淳仁天皇)」「文太夫社(文屋宮田麿)」「藤太夫社(藤太夫吉子)」「橘逸勢社(橘 逸勢)」「大門社(大門内供奉)」「寛筭社(寛算入寺)」でした。

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そして境内の西北角にあるのが末社の「牛舎」です。一つの願いが必ず叶う「一願成就」の信仰が伝わります。

次に、境内の西側に移動します。最初は末社の「八社」で、北側から神社名を見て行きます。ここも参考までに「神社名(祭神名)」です。

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「福部社(十川能福)」「高千穂社(瓊瓊杵尊、天児屋根命)」「安麻神社(道真公の息女)」「御霊社(菅公の眷属神の御霊)」「早鳥社(日本武尊)」「今雄社(小槻宿祢今雄)」「貴布禰社(高龗神)」「荒神社(火産神)」でした。

さらに南に下がると末社の「四社」があったので、北側から神社名を見て行きます。

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「夷社(事代主命)」「松童社(神太郎丸)」「八幡社(誉田別命/応神天皇)」「若松社(若松章基)」でした。

さらに南に下がると、次に末社の「七社」があって、こちらも北側から神社名を見ています。

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「那伊鎌社(建御名方命)」「一拳社(一言主神)」「周枳社(天稲倉宇気持命、豊宇気能媛命)」「宰相殿社(菅原輔正卿)」「和泉殿社(菅原正義卿)」「三位殿社(菅原在良卿)」「大判事社(秋篠安人卿)」

ここから西側を見ると、豊臣秀吉ゆかりの御土居に入れるみたいで、秋には「もみじ苑」で特別公開されます。

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行けるのは一部だけでした。昨夜に降った雪が薄ら積もっています。茶室の「梅交軒」に設けた舞台から紙屋川にかかる朱塗りの太鼓橋“鶯橋”は見えました。

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御土居から出る時に、雪を被った本殿の屋根が見えました。御土居から本殿が見えるビューポイントがあるんですが通行止めのため行けません。

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御土居の出入り口に末社が2社あって右側が「文子社」(祭神が多治比文子)、左側が「神明社」(祭神が天照大御神、豊受大御神)でした。

次に本殿前の参道を南に下がります。突き当たりは絵馬所で、楼門ではありません。楼門の正面は、天満宮が創建される前から建っていた地主神社です。その絵馬所を西に進むと、近年新たに作られた御手洗川に架かる太鼓橋を渡ると、ここにも末社が数社あります。

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最初は「稲荷神社」で祭神は、倉稲魂神(うかのみたまのかみ)、猿田彦神、大宮能売神(おおみやのめのかみ)です。

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その南側にあるのが、「猿田彦社」。祭神が、猿田彦神で、相殿が大宮能売神でした。

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次に北側に移動すると末社の「一之保(いちのほ)神社」祭神が菅原大神(菅公)と「奇御魂(くしみたま)神社」祭神が、道真公の奇御魂でした。

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このエリアの最後の末社を右から「野見宿祢(のみのすくね)神社」で祭神が野見宿祢。「豊国神社」祭神が豊臣秀吉公。「一夜松(いちやまつ)」祭神が、一夜松の霊でした。

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この辺りの庭園は、まもなく梅が咲き出すでしょうし、春になったら綺麗な梅が咲き誇ります。「紅梅殿」に入れませんが、龍の屏風図でしょうかガラス越しで見られました。

寒いので、再び絵馬所まで戻って、梅苑の入口を確認しましたが閉まってて、こちらは入れません。しかし、ここにも末社が2社ありました。

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最初が「宗像社」で、祭神が田心媛神(たごりひめのかみ)、湍津姫神(たぎつひめのかみ)、市杵島姫神(いちきしまひめのかみ)でした。

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その南側には、北野天満宮随一の御神木「大杉社」がありました。樹齢数百年と思われる巨木だったようですが落雷により倒木したようです。

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境内には早咲きの紅梅でしょうか咲いてます。これから北野天満宮の境内は、梅が咲き誇るでしょう。

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この後、楼門まで戻ってから再び、境内に入ります。次に東門を目指しますが、その前に「宝物殿」の前を通りました。

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こちらは東門近くにある「手水舎」です。その右側に鳥居が見えていますので、東門の前にそちらに向かいます。

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こちらは末社の「竈社」です。祭神が庭津彦神(にわつひこのかみ)、庭津媛神(にわつひめのかみ)、火産霊神(ほむすびのかみ)で台所の神様です。

なお、鳥居は「明智の鳥居」と呼ばれるものです。明智光秀が寄進したのでしょうか、その関連は分かりません

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その東隣にあるのが茶室「明月舎」です。秀吉が開催した“北野大茶湯”を讃えて、毎月の1日と15日に茶会が催されます。

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そして「東門」(重要文化財)と「東鳥居」です。東門は切妻造、銅葺の四脚門となっています。

ここから近くに止めていたコインパーキングに戻り次へと向かいました。8時12分~8時59分で、料金は200円でした

【北野天満宮 北門】

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